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1994年:エンジニアのこだわりが詰め込まれたホイール作りが始まる
ホンダ車の純正アクセサリーを開発しているホンダアクセスのルーツは、1976年に発足したホンダ用品研究所にある。ホンダアクセスという現在の社名になったのは1987年のこと。ちなみに、同年にはカーオーディオブランド「Gathers(ギャザズ)」が誕生している。
そして1994年には、ホンダアクセスの開発したオリジナルホイールに「Modulo(モデューロ)」のブランドが冠されることになった。その後、モデューロ・ブランドはエアロパーツなどの機能部品にまで広がり、近年では「Modulo X」というコンプリートカーにまで発展しているほどホンダアクセスを象徴するブランドとなったのは、ご存知の通りだ。
2024年は、モデューロの誕生30周年。はたして、モデューロはどのような時代背景から生まれたのだろうか。そうした話を聞きたいという興味をホンダアクセスに伝えると、初めてのモデューロ・ホイールの開発に携わっていた人物の話を聞く機会を用意してくれた。
その人物とは、最初のモデューロ・ホイールの設計を担当した吉田篤史さんとデザインを担当した川合貴幸さんのお二人だ。
まずは、吉田さんにモデューロ誕生の時代背景についてお話いただこう。
「1990年代は、まだスチールホイールが標準装備されていることが多く、クルマ好きが考えるカスタマイズの定番は『(ホイールを)アルミに替える』というものでした。また、標準装着されるアルミホイールは『イマイチ』という声がありました。そこで、よりスタイリッシュな造形で、お客様に選ばれるアルミホイールを作ろうということで”Modulo”の企画はスタートしたのです」
具体的に、最初のモデューロ・ホイールをスタイリッシュとするために、どのような工夫を行ったのだろうか。
「純正アクセサリーとして販売するアルミホイールですから、強度や耐久性の面で純正としての基準を守ることは当然ですが、その上でこれまでにないデザインを実現するための工夫を随所に凝らしています。たとえば、このアルミホイール(最初のモデューロ・ホイール)はアルミ鋳造製なのですが、鋳造にするとどうしても表面がザラザラとした地肌になってしまいます。ですが、ご覧になっていただければわかるようにスベスベとした塗装面になっています。このためにベースの塗装を厚めに塗るといった工夫をしています。厚く塗装しつつ、耐久性を確保するというのは難しいテーマでしたが、現在でもきれいに残っているのを見ると安心します」
初代モデューロ・ホイールはディスク面とホイール部が分割され、ピアスボルトで固定する2ピース構造となっているが、裏からみるとボルトの固定エリアが溝状になっている。これは非常に珍しい設計と思えるが、どうだったのだろうか。
「デザイナーの意思としてディスク面をできるだけ大きく見せたいというものがありました。通常の2ピース構造ではピアスボルトがもっと内側になるため、どうしてもディスクが小さく、スポークが短く見えてしまいます。そこでホイール側の受け部分に溝を掘り込むことでピアスボルトをギリギリまで外側に出すというチャレンジをしたのです」
「また、スポークの中央付近には指の間にある水かきのような形状がありますが、これは強度を確保するための形状です。ここについてはデザイナーと喧々諤々で議論した記憶がありますが、センターキャップとの一体感を含めて、エンジニアとしても、かなりこだわった形状が実現できたとあらためて実感しています」
エンジニアの吉田さんの話にもあったようにデザイナーのこだわりはハンパではなかった。つづけて、このホイールをデザインした川合さんに話を伺おう。
「吉田からスタイリッシュでお客様に選ばれるホイールを、という話がありました。実際、モデューロ・ホイールをデザインしたときに想定していたライバルは、いわゆるサードパーティー、アフターマーケットで名の売れていたブランドです。純正クオリティでありながら、デザイン面では誰にも負けたくないという気持ちがありました。例えば、この最初のモデューロ・ホイールについては2ピース構造とすることでラグジュアリーを表現しつつ、5本スポークのディスク面がスポーティを表現しています。こうしたチャレンジは当時としては非常に斬新で新鮮だったと自負しています」
ライバルがアフターパーツ・ブランドと聞けば『Modulo』という純正感を全面に押し出さないブランド名を付けたことも納得できる。
「Moduloという名前を考えたのは当時のデザイン部門です。よく『どんな意味ですか?』と聞かれるのですが、言葉の響きを最優先して決めたという記憶があります。それまでにないものを生み出すという意思を込めた名前といえるでしょうか」
これまでにないという点でいえば、モデューロ・ホイールは、ホイールバランスを取るためのウエイト(おもり)を貼り付けタイプ前提のデザインに変えたというエピソードも思い出す。
「たしかに最初にモデューロ・ホイールが生まれた時代は、バランスウエイトは打ち込み式といってリム部分に装着する形式が主流でしたし、純正アクセサリーとしては打ち込み式ウエイトに対応したデザインが求められていました。しかし、アフターマーケットではホイールの内側にウエイトを貼り付ける方式が増えていましたし、その方がウエイトが目立たないのでスタイリッシュでした。しかしながら、当時のホンダ内の開発要件としては貼り付けタイプが認められていませんでしたので、モデューロ・ホイールをデザインするチームから、車両を開発している本田技術研究所に要望を出して、要件を変更してもらうように交渉しました。結果として、車両標準装着ホイールも貼り付け式ウエイトを使えるようになり、ホイールデザインの幅が広がった部分もあると思います。これはモデューロ・ホイールの功績といえるかもしれません」
2015年:「しなり」というアプローチをモデューロに初採用
そうしてホンダ車のカスタマイズには、ホンダアクセスの開発する各種モデューロ・アイテムが定番…となっていた2001年にホンダアクセスに入社したのが、コンプリートカーを含めて現在モデューロ・ブランドの乗り味を継承する湯沢峰司さんだ。
入社当初、ホイール担当エンジニアをしていたという湯沢さんは、モデューロ・ホイールについてどう考えているのだろうか。
「先輩方が育んできた、カスタマイズ志向のお客様に選ばれるアイテムというのはもちろん受け継いでいますし、重視しています。どこかで見たようなホイールではなく、他にはないものを作り、デザインや走りといった面で負けたくないという気持ちは強く持っています」
そうした中で、2015年にはモデューロとして初めて”しなり”を活かしたホイールを生み出した。それがS660用の「MR-R01」だ。
「じつは、このホイールを生み出せたきっかけは、「N-ONE Modulo X」というコンプリートカーの開発を経験したことにあります。それまでは、単純にスポーティな走りにとっては、高剛性で軽いことが絶対的であると思い込んでいました。しかし、コンプリートカー開発においてボディ補強やシャシー設計といった経験を積むなかで、ボディ剛性とは四輪の接地感を高めることが最重要であると気付いたのです。さらに、ホイールについても軽量・高剛性にこだわるのではなく、接地感を高めるためには違うアプローチがあるのでは、と考えたのです。そうして試行錯誤する中で生まれたのが、S660用のホイールです」
「具体的には、ホイールの剛性バランスを最適化することで走りが変わるのではないかと考えました。そこでテストコースにおいてホイールのいろいろな部分にアルミパテを盛ったり削ったりすることで剛性を変えていき、それが走行フィールやタイヤ接地感をどのように変えていくかを実走で確かめていったのです。テストドライバーだけでなく、デザイナーやエンジニアもいっしょになってテストを繰り返したことで、剛性バランスを最適化するホイールというモデューロ独自のアプローチが確立されたのです」
2024年:ホイールはサスペンションの一部になった
そうした剛性バランスを最適化したホイールの最新作が、2024年ヴェゼルのマイナーチェンジに合わせて誕生した「MS-050」である。標準装着される18インチタイヤと、ヴェゼルのシャシーセッティングにマッチしたモデューロ・ホイールをどのように開発されたのか、ふたたび湯沢さんに伺おう。
「ホイールは硬くすればいいわけじゃない、軽くすればいいわけじゃない、ということは過去の開発で理解していました。そして、アルミホイールの剛性コントロールについてはディスク面のない内側に向かっていくリム形状(厚みなど)によって変えられることもわかっていました。コンプリートカーModulo Xの開発経験も重ね、そのあたりの知見も増えてきましたので、じつはMS-050の開発ではかつてのように膨大なプロトタイプを作らなくても『ホイールをサスペンションの一部として機能させる』という解にたどり着くことができたのです」
今回のインタビューでは、吉田さんから「モデューロによってエンジニアが鍛えられた印象があります」、川合さんから「最初からモデューロをひとつのブランドにすることを目指していた」という話も伺えた。まさにModuloブランドが育ってくる様子を間近で見ていたお二人だっからこその感想だ。
そして、ユーザー目線でいってもモデューロ・ホイールの独自設計は、目から鱗の面がある。
最後に湯沢さんからのメッセージをお伝えしよう。
「日本のクルマ文化、カスタマイズの常識として、ホイールは軽くて硬いことが最良だとか、空力は100km/h以上でしか効果が体感できないというものがあります。モデューロの開発は、そうした常識を覆す挑戦でもあります。そのようなチャレンジングスピリットは、初代モデューロ・ホイールの頃から不変ともいえます。ぜひ、モデューロのアイテムでカスタマイズを楽しんでほしいと思います」
後編では「MR-R01」を履いたS660と、「MS-050」を履いたヴェゼルの2台を連れ出し、じっくりと乗った印象をお伝えしようと思う。ホイールをサスペンションの一部として剛性バランスを最適化することで、走りはどれほど洗練されるのだろうか。