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前代未聞!国内二輪メーカー4社の共同プロジェクト
HySEがモーターサイクル用水素燃料エンジンを搭載した4輪バギーでダカールラリー2025に参加! 昨年秋ごろにそんなニュースを目にした記憶はないだろうか?
かつてモト部門で総合10位(日本人歴代最高位)に輝いたこともある“レジェンドライダー” 池町佳生 氏がドライバーを務めたこともあり、それなりに話題を集めたはずである。
だが、このプロジェクトの詳細について知る読者はさほど多くはないのではないか。理由は「HySE」という組織が、まだまだ一般には認知されていないからだろう。

だが、HySEはことによるとオートバイの未来を決定付けるかもしれない重要な活動を行っているのだ。この記事では、HySEが組織された背景や具体的な活動、目指すモノ・コトについて、関係者のインタビューを交えながらお伝えしたい。

HySE(ハイス)とは、水素小型モビリティ・エンジン研究組合(Hydrogen Small mobility & Engine technology)の略である。簡単にいえば、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、水素を燃料とした小型モビリティ向け内燃機関および燃料供給装置、燃料タンクに関する技術規格、法規制整備に向けた要望を提出するための課題の洗い出しなどの基礎研究を目的に設立された組合組織である。

ヤマハ発動機、スズキ、カワサキモータース、本田技研工業という国内二輪メーカー4社が正組合員として研究や組織運営を主導し、水素活用に関して高い知見をもつトヨタ自動車や川崎重工業も特別組合員として参画している。
プロジェクトリーダーと現地責任者……2人のキーマンに訊く
取材に対応してくれたのは、ダカール2025挑戦でプロジェクトリーダーを務めたヤマハ発動機の中西啓太氏と、同じく現地責任者を務めたスズキの甲斐大智氏である。
そしてインタビュアーは一般社団法人ユナイテッドグリーン代表の山田周生氏。かつてはダカールラリーやキャメル・トロフィー、アメリカンズカップなど、冒険色の強いスポーツイベントを取材するフォトジャーナリストとして活躍していたので、きっとご存じの方も多いだろう。ちなみにダカールラリーには選手として参加し、二輪・四輪で完走も果たしている。

山田氏は取材活動を通じ、自然環境が急速に悪化していることを実感。以後、使用済み天ぷら油からバイオディーゼル燃料(以下「BDF」)を精製し、それを使用しながら車で地球一周するプロジェクトなどで、自然と共生する暮らしの在り方について啓蒙してきた、現在は岩手県釜石市を拠点に循環型の地域づくりを実践している山田氏が、いまもっとも注目しているのが水素エネルギーの活用だという。
山田:まずはお二人のバックグラウンドについて簡単に教えていただけますか?
甲斐:私は入社して10年ぐらいなんですけど、ずっとロードレースの開発部署にいました。MotoGPやFIM世界耐久ロードレース選手権(EWC)用マシンの車体制御に関するソフトウェア開発を担当していたのですが、2022年にレース活動を終了することになり、そこから社内の水素活用プロジェクトに携わるようになりました。その縁でHySEのダカール挑戦プロジェクトのメンバーに加えていただき、私だけ2024年に続いて2025年も現地へ行かせてもらうことになり、リーダーに抜擢いただきました。
中西:私は1998年にヤマハ発動機に入社し、トヨタさんの自動車エンジンの開発を請け負う部署で適合業務を担当しておりました。適合というのは、エンジンの出力や燃費、排ガスなど、要求性能が目標数値に達するよう、点火タイミングや燃料噴射量を最適化する作業のことです。それで2015年にトヨタさんから一緒に水素エンジンの開発をやらないかと声をかけていただきまして。HySEには立ち上げ準備の段階から関わっていて、2024年のダカールラリーでは現地に赴き、HySE-X1のセットアップやデータ収集の取り纏めを行いました。

山田:HySEが設立された目的について聞かせてください。直接的なライバルである二輪メーカー4社のエンジニアが共同して大々的に活動するというのは、ほとんど聞いたことがないです。
中西:うちに限らず他社さんも水素に関する研究はしていたと思うのですが、水素を小型モビリティに活用するのは非常に難易度が高いんです。自動車と比較しても燃料を搭載するスペースがごく限られていますから。だからまずは技術研究組合の中で共同研究することによって小型水素エンジンの基盤技術を確立させようというプロジェクトですね。
山田:どういう状態になったら基盤技術が確立されたことになるのでしょうか?
中西:各社が市販製品に搭載できる水素エンジンを独自に設計できるようになることです。もっと具体的にいえば、実物を作らずとも、シミュレーションだけで開発を完了することができるレベルを目標にしています。HySEの活動は5年間を予定していますが、以後はその成果をもとにそれぞれ独自に開発を進めるという想定です。

山田:現在、トヨタをはじめとする日本のモビリティメーカーはカーボンニュートラル社会の実現に向けて「マルチパスウェイ」で取り組む姿勢を明言していますよね。解をひとつに絞らず、地域やインフラ、用途に応じてEV(電動)やFCV(燃料電池)、水素エンジン、ハイブリッドなどの多様な選択肢でアプローチしていくという。HySEの活動もそうした戦略に沿ったものだと思いますが、小型モビリティ向けに水素エンジンを研究する意義をどんな部分に感じていますか?
甲斐:水素エンジンは基本的にCO2を排出しないので環境負荷が低く、ガソリンエンジンと構造が似ていることから、新たな技術開発や生産設備の新設といったコストが抑えられるというメリットがあります。小型モビリティ、ひいては二輪車へ採用するには容易にクリアできない様々な課題があるのですが、ダカール挑戦を通じて実感したのは内燃機関の存続という部分で期待している方も多いことですね。ダカールを走った「HySE-X1」(2024年)、「HySE-X2」(2025年)のエンジンは、カワサキNinja H2用のスーパーチャージドエンジンですが、水素燃料でも排気音はマルチシリンダーエンジン搭載の大型オートバイそのものです。見た目はただのバギーなので、ダカールに参加しているマシンの中でもひときわ異彩を放ってました(笑)
山田:たしかにモータースポーツやオートバイを愛好している人にとって、内燃機関が奏でるサウンドはその魅力の大部分を占める重要なファクターでしたもんね。今の若い子はそのあたりの意識も変わってきているのかもしれませんが。
次回では二度にわたってダカールへ挑戦した経緯や、現地の模様について詳しく聞かせてください。
