自衛隊が行なうアフガン在留邦人等避難は、こういう手順で行なわれる『在外邦人輸送訓練』

アフガン在留邦人等避難、カブール空港での退避・輸送作戦の内容は? C-130、C-2輸送機と陸上自衛隊

在外邦人輸送訓練に臨む陸自第1師団第1普通科連隊。小銃と分厚い防弾盾で固め、退避者の集結場所に見立てた木更津駐屯地の格納庫へ向け強風の中、滑走路を歩く。
アフガニスタン・イスラム共和国に在留する邦人等を避難させるため航空自衛隊の輸送機3機が現地で活動中なのはご存知のとおり。現地の状況を伝えるニュースは治安状況の悪化を伝えるものばかりだ。実際どういう方法で人々を退避のための輸送機へと乗せるのか? これについては陸上自衛隊が行なった在外邦人の退避・輸送に関する実働訓練に見ることができる。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

アフガニンスタン カブール国際空港の現状

8月23日、アフガニスタンにいる日本人らを退避させるため政府は航空自衛隊輸送機の派遣を決定した。同日夕刻、空自C-2輸送機1機が入間基地(埼玉県)を離陸、途中24日未明に美保基地(鳥取県)を経由して24日夜、アフガン隣国パキスタンの首都イスラマバードの空港に到着した。

邦人輸送機(避難機)とした陸自第1ヘリコプター団の輸送ヘリCH-47J/JAが3機、参加した。

続いてC-130輸送機2機も入間基地から那覇基地を経由して出発。空自の輸送機3機はイスラマバード空港を拠点として邦人輸送を始める予定だった。C-2は拠点整備等を行なう隊員や資機材の輸送などを担い、C-130はアフガンの首都カブール国際空港とイスラマバード空港間をピストン輸送する計画だという。

先行機に加えて、政府専用機1機も追加派遣が決定し、千歳基地(北海道)から小牧基地(愛知県)を経て出発したが結局、千歳へ戻っている。この理由を防衛省は「運航に必要な準備が整わなかったため」と説明した。

在外邦人輸送訓練の要領図。格納庫内を「搭乗案内所、セキュリティチェック、搭乗待機所」と3区画に分けた。滑走路で待つ避難機までは武装した誘導隊が退避者らの周囲を警護し、機体まで歩いて向かう。

その後、朝日新聞によるとカブール国際空港まで退避者が到達できず、輸送ができていないという。そして8月26日夜、カブール国際空港近くで爆発があり10数名の死傷者が発生している(ロイター)といい、27日に米中央軍は米兵12人が死亡し、15人が負傷したと発表(AFP)、多くの民間人も死傷したと説明する深刻な事態となっている。空港を管理する米軍の撤退期限は今月末(2021年8月31日)で、自衛隊の現地活動期間も同じとみられているから、時間はないはずだ。アフガンには空自と陸自が行っている。陸自は中央即応連隊が派遣されているという。彼らは海外派遣の初動を担う専門家集団だ。岸信夫防衛大臣が23日の臨時記者会見で「武器の携行はございます」と言うように中央即応連隊は小銃や拳銃などを携えている。だから退避者らを空港で守ることはできる。しかし今回のアフガン派遣で根拠とする法律は自衛隊法84条の4「在外邦人等の輸送」だ。つまりカブール空港内での活動に限定されている。

自衛隊は2000年代初頭から在外邦人輸送訓練を積み重ねている

自衛隊は、2000年代に入る頃から「在外邦人輸送訓練」を始めていた。海外派遣が本格化・常態化し始める時代だ。在外邦人輸送がどういうものか、今回は陸上自衛隊の同訓練を見てみる。   

今回紹介する在外邦人輸送訓練は退避者らを守りながら避難機へ乗せ、航空輸送するもので、2011年2月に実施した。ちなみに同月には「方面兵站演習」という大規模ロジスティクス(後方支援・補給などの意味)演習も実施しており、地味だが支援と補給という最重要軍事行動を磨き上げていた。その直後といえる翌月3月11日に東日本大震災が発生している。ここで自衛隊は最大10万人超のマンパワーを投入し、陸海空が一体となって救助救援等にあたる統合運用を行なった。震災前に必要な兵站演習を実施していたことになる。

退避者らはまず「搭乗案内所」の手前で待機、順次案内されて受付を行う。本人確認や必要書類確認など手続きを行なう。

話を戻して、在外邦人輸送訓練の実施場所は陸自木更津駐屯地(千葉県)だった。木更津駐屯地は陸自の第1ヘリコプター団が置かれた滑走路のある駐屯地だ。つまり木更津駐屯地をまるごと国外の空港に見立てたわけだ。訓練部隊は陸自第1師団第1普通科連隊(練馬駐屯地、歩兵部隊)。退避者役は私服姿の隊員らが務めた。本記事は、現在のアフガンでの事態に対して、2011年に陸自第1師団が行なった在外邦人輸送訓練の例をもとに、現地での陸自の行動をイメージしてみるものだ。

次に「セキュリティチェック」で金属探知機などを使って保安検査を行なう。
最後の「搭乗待機所」では航空機(避難機)に乗るための注意事項などが説明される。
格納庫内の搭乗待機所を出て、エプロン地区で待機中に急病者が発生。衛生隊員を中心に対応にあたり、他の隊員は周囲警戒を続ける。

在外邦人輸送訓練は次のようなものだった。陸自部隊は木更津駐屯地の格納庫を退避集結場所に設定、内部を「搭乗案内所、セキュリティチェック、搭乗待機所」と3区画に分けた。搭乗案内所は到着した退避者らの待合場で、受付や概要説明などを行なう。その次のセキュリティチェックは手荷物やボディチェック等を行なう。最後の搭乗待機所は乗機前の説明などをし、安全管理など統制を行なう。滑走路で待つ避難機までは武装した「誘導隊」が退避者らの周囲を警護し、機体まで歩いて向かう。避難機に到達すれば順次乗り込み出発させる。これが本訓練の内容だった。いうなれば空港のチェックインカウンターから保安検査場、搭乗カウンター、搭乗口への「動線」を作っていることになる。有事の国外の空港でも、在外邦人らの退避行動は安全管理を徹底しながら迅速に行なえるよう部隊練度の向上に努めたわけだ。退避者らは分厚い防弾盾を持つ誘導隊に囲まれて粛々と輸送機へ向かい、乗り込んでいった。

訓練は想定内・外の事態発生も含んだ種類のものだった。退避者らのなかに傷病者や急病人も発生すること、なかには亡命希望者などもいるだろうこと、敵対する者が紛れ込む可能性のあることなどだ。そうした突発事項への対処行動も細かく想定され、対応する訓練だった。訓練以上のことを実際の現場で行なうのは難しいから、難儀な想定を平時の訓練で実施しておくのはもっともなこと。

用意ができれば誘導隊に警護されながら滑走路の避難機へ歩いて向かう。誘導隊員が保持する防弾盾は小銃弾等に効果があるものと思われ、分厚く重そうに見えた。背後は木更津駐屯地の管制塔。
誘導隊に守られた退避者らは滑走路を歩き、避難機へと乗り込む。

しかし、この訓練でも退避者らの空港までの到達手段はまず「退避者らの自力」などが前提としてあり、これは現在のアフガン事態でも同じ、カブール空港までは自力到達しなければならないようだ。しかし空港まで退避者が到達できず、輸送ができていないとの報道もある。そして自衛隊は空港から外に出て活動することは予定されていない。空港に到達できていない在留邦人らを送迎するため空港外に出て活動するには現在以上の諸準備が必要だが、たとえば地上輸送を可能とする陸自の「輸送防護車」を現在持ち込んでいるわけではない。今月末の米軍撤退期限までに重厚な態勢を組み上げるには時間が足りず、爆破攻撃が発生し治安状況は急速に悪化したとみるのが妥当。今後、派遣根拠法の手当てや、米軍や諸外国軍と共同行動をとっての在外邦人等の保護措置(自衛隊法84条の3)実行へと次元を変えるのか。事態打開への動きを注視したい。

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…