ラリーの空気を、愛車で巡る一日

秋も深まりつつある2026年10月25日、大ヒットTVドラマ「VIVANT」の聖地巡礼スポットとしても人気の岐阜県恵那市において、「ENA RALLY QUEST 2026」が初開催された。ENA RALLY QUESTは、恵那市役所をスタート&ゴールに、市内6カ所の「クエストエリア」を巡り、各地の課題(クエスト)をクリアしてポイントを競うイベントだ。
およそ60台の参加車両のジャンルは千差万別。そのままラリーに出ているのではないかといういかにも走りそうなものから、ミニバンや旧車、オープンカーや軽自動車も、恵那市役所前に特設されたセレモニアルスタートゲートを潜り、ルートはA・Bの2グループに分かれ、各車クエストを目指していった。

「競技」運営のための解説書には、TC(タイムコントロール)やタイムカードなどラリーの用語を取り入れ、まるでWRCラリージャパンに参加しているかのような雰囲気に浸れるが、ENA RALLY QUESTはタイムを争うイベントではなく、各TCの早着・遅着に減点はない。唯一、ペナルティがあるのはゴールのTC7のみ(10分以上の早着・遅着で10ポイント減点)。クエストは難度に応じて配点され、獲得ポイントで順位が決まる。
それだけ聞けば、単なるスタンプラリーや順番に走るただのドライブを想像するかもしれないが、実際のラリーとのつながりも十分に考えられているのが大きな魅力。笠置山モーターパークでは、公道では体験不可能なスラローム走行によるタイム計測を行うモータースポーツを体験できる。

また、ラリージャパン恵那SSで実際に使われた上矢作観戦エリアの山道は、車両がすれ違うのは困難なほどの道幅、タイトコーナーの連続で、こんなコースをラリージャパンでは走っているのか、と臨場感が伝わる。このコース上ではカメラマンが参加車両を撮影するスポットとなっている。
もちろん、ハードなラリー体験だけでなく、岩村町本通りや道の駅、大正村浪漫亭などでは地元の食や名産品が楽しめるタイミングもスケジューリングされている。これらの地点では、事前に配られた参加車1台につき5000円分のお買い物チケットが協力店で使える仕組みだ。さらに、参加者には2027年6月開催のラリージャパン恵那市内SSの観戦エリアチケットが優先販売される。

約100kmに及ぶ走行を終えた参加者は、再び恵那市役所前に帰ってきて、表彰式では順位などに応じ、地元の名産品などの賞品を受け取った。最後に、サプライズのイベントとして、恵那でお祝いごとの締めには付き物という「餅撒き」で大盛り上がり。無事にエンディングを迎えた。

実際に取材してみて、ラリーの体験を入口にモータースポーツのリアルを少し味わい、食や文化といった街の魅力を知ることができる、かなり至れり尽くせりの設計であると感じた。それと同時に、自動車のイベントと聞けば、煙たがられることも多いのが日本の常であるが、ここまでのことが可能になったのは地元の大いなる協力があってだと確信した。

小坂市長が考えるクルマ文化
さて、自動車イベントに前向きな、この企画を支える自治体である恵那市とはどんな街なのか。また、クルマのイベントについて、どういう考えをお持ちなのか、小坂喬峰(こさか・たかね)市長に尋ねた。
「都会は別にして、地方に住んでいるとクルマはライフラインなんですよ。クルマがないと生活が成り立たない。万が一使えなくなると命が危ないことだってあり得るし、子供たちも学校に行けない。日常的に一緒にいてくれる相棒、家族みたいなものです」

だからこそ、車とうまく付き合うための楽しみを広げたいという。モータースポーツがあり、今日のようなドライブの楽しみがあり、バッテリーEVのように未来のクルマとの関わり方もある。古いクルマを大切にする人もいる。「そういう方々との関わりを大事にしたい。大雑把に言うと、クルマとクルマ文化を大切にして、クルマを愛する人たちにとって優しい街を作ろうというのが全体のコンセプトです」。

「VIVANT」 第11話では、「主人公が務める大企業の役員幹部が込み入った会談をするための料亭へタクシーで向かう道」といった設定で岩村城下町の町並みがロケに使われた(入っていく料亭の外観はそこにある木村邸だが内部シーンは島根のお寺で撮影)。実際にその通りを歩いていると、見慣れない小型バスが走っているのに遭遇する。よく見ると、乗務員はいるが運転操作はしていない。最新の自動運転実証実験バスが、古式ゆかしい町並みを走る。そのギャップを生んでいるのが恵那市の象徴のひとつかもしれない。

市長はメンテ好きのロードスター乗り
実は、市長自身もかなりのクルマ好きだ。「すごくいいクルマに乗っているわけではない」と謙遜しながら教えてくれた現在の愛車はNA型ロードスター。市長に就任してから何か買おうと考えていたところ、知人が持っていた1台を譲り受けたという。

「走るより、自分で直すことのほうが多いですね」
大学時代はダートラ(ダートトライアル)に親しみ、中学の同級生には、今も全日本ラリーで戦うドライバーがいる。知り合いをたどっていくと、WRCにたどり着くまでの人脈が意外に近くにあったと笑う。
では、WRC開催は市長にとってどんな出来事だったのか。招致は、市長個人というより、もっと上のレベルで強い思いを持っていた方々の力が大きかったと振り返る。それでも、知らせを聞いたときは素直に嬉しかったという。

市長はアリ・バタネン、ミシェル・ムートンが活躍した時代のラリーに憧れたという。「その頃を知っている人間からすると、日本でラリーが走ること自体が画期的。北海道で走ったときも感慨深かったですが、恵那の駅前をWRカーが走った瞬間は、さすがに泣きそうになりました。昔のマシンもたくさん出てきて、嬉しかったですね」
これは個人的な感情の話とした上で、市長としては多くの効果を実感している。「ラリーは人も呼べるし、交流も生まれる。何より、僕らにとって相棒の車を中心に据えて街づくりができる。それが非常にありがたいんです」。
クルマへの価値観が違う若い世代への想い
今後については「できる限り広げていけるといい」と語る。ただし、「運営スタッフは汗をかきながら苦労しているため、無茶はできない」と、地元スタッフへの心遣いも述べながら「なるべく多くの皆さんに来ていただけるようにしたい」。
その発想に至るきっかけについて話題を振ると、学生の頃の思い出を話してくれた。当時、PDラリーというコマ図によってドライブスポットを巡るドライブラリーがあり、各地のおいしい蕎麦屋に立ち寄ったりしたという。「JAFのライセンスを取って本格的にラリーで競う人もいる一方で、一般の愛好者がラリーっぽいことを楽しむのも、すそ野を広げる意味でいいと思います」。

ボクは市長と同世代だが、クルマは若い頃とにかく欲しいモノの第一だった。けれど、今の若い子たちには、ハードウェアが欲しいというより、それでミーティングに参加したいなど、やるコトのためにクルマを所有する層も多い。そういった傾向について、市長は、
「僕らは車ありきでカタログを見て欲しいと思う世代。真逆ですよね。今の子は目的意識があって、無駄がない。YouTubeを見てもスポーツカー好きの女の子は多いですし、それはいいことだと思います」
クルマは買うのが目的ではなく、楽しみへの入口となった。ラリーを核に、旧車からEV、そして若い世代まで受け入れ、WRCやENA RALLY QUESTが開催される恵那市は、「クルマに優しい街」として、クルマ好きへの入口となっていきそうだ。