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航空自衛隊:戦闘機F-4EJ/EJ改 2021年には全機退役する空自の歴史を支えた名機 F-4ファントムⅡ

  • 2020/05/30
  • MotorFan編集部
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航空自衛隊 戦闘機F-4EJ/EJ改。写真/航空自衛隊

日本を守る陸・海・空自衛隊には、テクノロジーの粋を集めた最新兵器が配備されている。普段はなかなかじっくり見る機会がない最新兵器たち。本連載では、ここでは、そのなかからいくつかを紹介しよう。今回は、航空自衛隊:戦闘機F-4EJ/EJ改=ジャパニーズ・ファントムである。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

空自F-4最初の運用部隊である第301飛行隊(百里基地)。同飛行隊は最後までF-4を飛ばす飛行隊ということになった。尾翼のカエルのイラストが同飛行隊のシンボルで、筑波山のガマの油売りのカエルがモチーフだ。

 航空自衛隊の戦闘機F-4EJ/EJ改が2021年には全機退役する。約50年間、日本の空の防衛最前線にいた「F-4ファントムⅡ」が消えるのだ。大きな時代の終わりを感じる。
 空自でのF-4運用状況を見てみると、現在、F-4EJ/EJ改を運用する空自航空部隊は、第301飛行隊(百里基地)だけになっている。この301飛行隊も2020年度中には後継のステルス戦闘機F-35Aへ機種転換し、三沢基地へと移動する予定だ。301飛行隊はそもそも空自で最初のF-4運用部隊で、搭乗員の機種転換訓練も担当したことでF-4のマザー・スコードロン(母体飛行隊)とも呼ばれた。その301飛行隊が幕引きも担当することになった。

百里基地時代の第302飛行隊。現在は三沢基地でF-35Aの運用部隊となっている。尾翼マークはオジロワシ。

 同じくF-4EJ/EJ改を運用した第302飛行隊は2019年に配備機体を廃止し、三沢基地へ移動、先んじてF-35Aへ転換中だ。しかし19年4月には訓練飛行中の墜落事故が発生し、ベテラン操縦士1名と機体を失っている。残念な事故だったが302飛行隊は現在、訓練飛行を再開し、戦力を整えている。
 また、この3月には同じ百里基地に置かれた偵察航空隊がその任務を終え廃止されている。偵察航空隊は所属する第501飛行隊が偵察機RF-4E/EJを運用した。RF-4Eは偵察専用機として開発され、RF-4EJはF-4EJをベースに改造開発された。ようはF-4ファントムⅡの機体だが、その運用部隊とともに廃止されている。偵察機の後継には無人偵察機RQ-4グローバルホークが予定されている。

F-4は爆弾などの搭載量が多い。左右の主翼下に積まれているのは「ASM-2 93式空対艦誘導弾」。陸上自衛隊が装備する88式地対艦誘導弾SSM-1をベースに開発された大型の対艦ミサイルだ。F-4EJ改ははこのほかにもMk.82/500ポンド爆弾を最大24発(通常は18発前後)搭載することができた。写真/航空自衛隊

 F-4EJ/EJ改の用途廃止は機体の老朽化・旧世代化が主因だ。F-4EJ/EJ改の陳腐化については20年も前から言われていたことで、更新する戦闘機を具体的に何にするか、この作業がスケジュール通りに運ばず紆余曲折したことが原因だろう。機種更新の遅れはF-4EJ/EJ改だけでなくF-15JやF-2でも起きている。空自や国内製造メーカーなど当事者・関係者の苦労は想像するが、日本の戦闘機選びや開発は本当にうまくいかない。F-4EJ/EJ改も後継機が決まらないまま延命措置を取りつつ長年しのいできた。耐用限界が来た同型機から部品を外して他の機体へ取り付けるなど、いわゆる部品取り機体からのパーツ調達や、ひょっとしたら共食い整備やニコイチ整備のような状況もあったのかもしれない。整備員らの苦労は想像以上のものと思われる。
 手塩にかけて整備したF-4EJ/EJ改は結果的に、諸外国空軍から「ジャパニーズ・ファントム」と形容される独自の進化を果たしたと評価され、唯一無二の存在と認識されているという。これは偉業だ。しかしこれは本来不要な手間や苦労と見ることもできる。ことの本質は防空戦力に空白を作らないことだったはずだ。

着陸時は機尾から制動用ドラッグシュート(パラシュート)を展開して速度を落とす。写真/航空自衛隊

 F-4EJ/EJ改とはどんな戦闘機だったか。元々のF-4ファントムⅡは米マクダネル・エアクラフト社が1950年代に開発したものだ。原型・1号機は 1958年に初飛行している。なんと62年前だ。米海・空軍、米海兵隊に採用され、1960年代にはベトナム戦争に投入、多様な任務に対応できる汎用性が光り、戦場での最重要航空機の評価が世界に広まった。結果的に世界中で5千機以上もの製造数を誇る戦闘機となっている。これがF-4ファントムⅡの概要だ。
航空自衛隊のF-4EJは、米空軍のF-4Eを改造した戦闘機で、米国製造の最初の2機が運ばれ小牧基地に到着したのが1971年だった。ライセンス生産による量産は翌72年から始まり、最初のF-4運用部隊である301飛行隊が百里基地で編制されたのが73年10月だった。
F-4EJは日本での運用には不必要な装備を取り除き、データ・リンクを載せて要撃戦闘機タイプとして配備された。不必要な装備とは核運用装備系統や空中給油装置などだった。当時の野党が、F-4の持つ高い爆撃性能と長い航続距離は周辺国に脅威を与えるからダメだというのが理由で、日本が優れた戦闘機を持つと隣国が怖がるから導入自体も阻止しようとしたトンデモな歴史がある。

 その後、性能向上・近代化を図るため、F-4EJの改修に着手。そして、1980年代に試改修・実用試験を行ない、量産改修されたのがF-4EJ改だ。改修ポイントは、レーダーやFCS(火器管制)システムの近代化、ナビゲーションと通信能力の向上、搭載するミサイルの近代化、爆撃機能の向上など多岐にわたる。
 こうした「日本のファントム」はどのような戦闘機なのか? これを元F-4パイロットに取材する機会があった。インタビュー対象者は、航空自衛隊 第23代航空幕僚長の村木鴻二氏である。村木さんは現役時代に301飛行隊長を務め、空自の航空戦闘の競技会である戦技競技会をF-4で2連覇した「ファントム・ライダー」で、F-2以外の空自戦闘機を乗り継いだ生粋のパイロット空幕長だ。
 
 村木さん曰く、F-4にはクセがあり「アドバース・ヨー」という現象を起こす。これは低速時に切った舵と逆方向へ横転するもので事故が多発した。だから主翼のエルロン(補助翼)ではなく垂直尾翼の動翼で舵を効かせて曲がる独特な手法があったという。
「低速時の機動性は悪いが、パイロットとしては難しければ難しいほど面白かった」と話す。最初は、2人乗りなんて戦闘機じゃないと考えていたそうだが、操縦士のタンデムは防空力の厚みを増し底上げにもつながる、最終的には「ファントム人間」になっていたという。F-4や空戦を語るときの眼差しは強烈で、今でも「戦闘機乗り」なのだと強い印象を受けた。

「完全保存版 ありがとうF-4[ファントム]」英和出版社刊、2020年5月21日発売、特別付録DVD付、価格:本体2800円+税
 このインタビュー記事は、日本のファントムの歴史などを豊富な写真とともに編纂した「完全保存版 ありがとうF-4[ファントム]」(英和出版社)に掲載している。現在発売中なので、ぜひ読んでみてください。

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