Motor-Fan[モーターファン]|自動車最新ニュース・速報、試乗記など、クルマとカーライフを楽しむサイト

  • モーターファンテック
  • モーターファンバイクス[Bikes]
  1. TOP
  2. カタログ
  3. 三菱|MITSUBISHI
  4. ランサー

【新・カーデザインここだけの話】 三菱自動車ゴールデンエイジ物語 第三回 ランエボヒストリーの始祖 初代ランサーは凄かった! 3

このエントリーをはてなブックマークに追加

カーデザイナー荒川健氏が、デザイナーとして最初に入社したのが三菱自動車1970年代という激動の時代に、カーデザイナーとして社会にその一歩を踏み出した。三菱自動車のゴールデンエイジともいえる70-80年代の魅惑的モデルを紹介しつつ、現代では考えられないような様々な体験と出会いに、ちょっとワクワクしてみよう。

こちらは、原稿を書いている2021年のまさに今、突然見かけた三菱ランサー・セレステ。2021年の現代にあって、恐ろしいほど綺麗な状態であるし、いまでもかっこいい。

執筆中の時代とその外の景色がなんと見事にシンクロ! 

この原稿を書いていた時である。ふと外を見ると隣の銀行の前に1980年頃のあの三菱ランサー・セレステが新車のピカピカのまま止まっているではないか!
1975年の記憶に浸っていた私は、ドラマみたいにタイムスリップしてしまったと思えたほどビックリ仰天したのだが、すかさずカメラを握りしめ表に飛び出した。
その写真がこれだ。お許しを得て撮影させていただいたのだが、インテリアも1年落ち?といった新車感覚でまるで夢を見ているような驚きであった……

どうやら修理工場の方が車検整備後チェックの試運転で銀行に乗ってこられたとのことで、その後オーナーの方から連絡もいただき、取材に応じていただけるそうなので後日しっかりご紹介したい。

カーデザイナーとしてスタートを切った1975年の入社式の少し前に三菱ランサー・セレステは発売になった。

当時の他社のデザインと比べ群を抜いてカッコよかった。特にそれまでのFTOと比べスッキリと近代的でシンプルなスタイルに私はすっかり魅了されてしまったのだ。そして、就職内定が決まってすぐに、支払いは最初の月給から始まるという嬉しい話に舞い上がって社員販売でギャランGTO-GSを60回の月払いで購入してしまったことを悔やんだ。もう少し待てばセレステが買えたのにと……。
そんな特別な思い出のクルマと46年ぶりに偶然このタイミングで出会えるなんて、本当に奇蹟の出会いであった。

ランサー・セレステの前身となのが、ギャランの初代FTO。1971年登場のGTOの下に位置するモデル。
1970年発表当時のギャランGTO。三菱ブランドの中でスポーツ系のフラッグシップ的存在となった。

ランサーのスペシャルティ「セレステ」から始まる「デザインの三菱」

さて前回ではジョギンダ・シンの乗るラリーランサー・コンペティションモデルとまったく同じ本物のWRCマシンのコ・ドライバー体験をお伝えした。
その後数年が経った1979年頃、愛知県岡崎市にある乗用車技術センターに勤務していた私は出張で東京本社に行ったとき、偶然あのT君に出合った。

彼は以前と同じように筋トレを続けているような締まった体形のままでピシッとした高そうなスーツに日焼けした顔は、三菱自動車では異端の存在で実にカッコよかった。
打ち合わせコーナーで色々伺ったのだが、三菱グループの超エリートのサラブレッドは他の社員とは全く異なるコースが用意されていたらしく、東北の工場や日本中の主だった製作所を移動し出向で三菱重工の造船まで経験、そして今は本社勤務でしごかれているとのことであった。

148年の歴史を誇る三菱グループの将来を託すべき人材は最初から御家柄の良い御曹司の中からこれはという優秀な人材を擁立し、徹底したグループ全体の把握と将来の人脈形成に役立つよう日本中のグループ内の要所に一定期間配属する。彼の場合は本人の希望で三菱自動車を本拠地としていたわけだが、私が川崎市にあるトラック・バス技術センターに異動した1980年頃耳に挟んだ噂では三菱銀行に呼ばれたらしいとのことであった。それが事実であれば慶応出身のエリートにふさわしいと思え実に目出たいことだと思った。

1975年登場のランサー・セレステ。発表当初のオリジナルモデルは丸型2灯ヘッドライトを採用。
「ラリーのランサー」のハイポテンシャルシャシーに、洗練されたボディをかぶせる。テールランプはランサーが74年にマイナーチェンジによりL字型となったが、逆L字型として登場。

私も1988年にマツダに移籍し広島に行ってしまったため、その時以来お会いしていないが、T君のように頭が切れて度胸のある方が三菱自動車のトップになっていたなら、ギャラン・ラムダ、シグマにセレステ、ミラージュを造り最先端のデザインと性能でトヨタを凌駕する勢いのあった1978年から1983年年頃の黄金期を台無しにするような、数々の不祥事も防げたように思える。
そう思える最大の理由は、彼のラリーで培った用心深さとデータに基づいた危険予知能力、しいては会社を統率する上で欠かせない危機管理やここ一番度胸を決めて打って出るといった攻めの精神が、おそらく怒涛の社内刷新と大幅改革を実行したに違いないからだ。

T君なら今のトヨタの豊田章男社長のようにすべての自社製品のクルマを運転し、モノづくりのリーダーにふさわしい牽引力を発揮したことであろう。
不祥事が重なったころの三菱自動車トップとは全く異なる「異端の存在」が三菱自動車には必要だった。

ヨーロッパや中東のセレブ御用達だったパジェロや、時代を先取りした世界初リチウムイオンバッテリー電気自動車i(アイ)ミーブもようやくこれからというときに、これといったテコ入れもせず撤退させてしまったことに、三菱のクルマが大好きでカーデザイナーとしてのスタートを切った私としては残念でならないのだ。

さて、若くして強烈なオーラを発していたT君は今どうされているのだろう。三菱グループのどこかで必ずや成功して今も元気でラリーを趣味としていらっしゃるように思える。またそうしていることを願ってやまないのだ。

さて次回は当時の他社と比べ格段に垢抜けしていた三菱ゴールデンエイジのカッコよかったクルマを順にご紹介するつもりだ。

ランエボヒストリーの始祖、初代三菱ランサーはすごかった!

カーデザイナー荒川健氏が、デザイナーとして最初に入社したのが三菱自動車1970年代という激動の時代に、カーデザイナーとし...

あわせて読みたい

ランエボヒストリーの始祖 初代三菱ランサーは凄かった! 2

カーデザイナー荒川健氏が、デザイナーとして最初に入社したのが三菱自動車1970年代という激動の時代に、カーデザイナーとし...

あわせて読みたい

おすすめのバックナンバー

水平対向と星型とロータリーエンジン特集

水平対向と星型とロータリーエンジン特集 一覧へ

ホンダエンジンの技術力は凄い|内燃機関超基礎講座特集

ホンダエンジンの技術力は凄い|内燃機関超基礎講座特集 一覧へ

会員必読記事|MotorFan Tech 厳選コンテンツ

会員必読記事|MotorFan Tech 厳選コンテンツ 一覧へ

Motor-Fanオリジナル自動車カタログ

自動車カタログTOPへ

Motor-Fan厳選中古車物件情報

中古車TOPへ