障害児イベントで出合い、医療施設でも遭遇したトヨタの取り組みを紹介
トヨタの取り組みのひとつに、「すべての『行きたい』を叶えていきたい」というものがある。
そのなかで、医療的ケア(医ケア)児/者とその家族にフォーカスした活動を続けているチームがあり、国際福祉機器展やキッズフェスタといった展示会や家庭への個別訪問などで医ケア児/者の家族と接点をもちながら、製品開発を続けている。
そのチームの名は「Tellus-Lab」。
立ち上げられたのは2020年10月。
開発しているのは、医療的ケア児/者向けのバギー(車いす)だ。

筆者である私も、医ケア児の父。
先日(2026年4月)、偶然ではあるが、某医療センターにてこのTellus-Labのメンバーと開発中の医療的ケア児/者向けのバギーのプロトタイプに遭遇した。
5年を経た開発の「現在地」に触れることができたので、レポートをしたい。



先に開発初期からの大きな変化があった部分をいうと、クルマのドアのロックシステムを使ってバギーを固定する方式を採用していること。
そしてその車体側およびバギー側の固定方法の仕様が固まってきたということだ。
以下、バギーの開発の経緯から、最新の変更点までお知らせしていく。
Tellus-Labによる医ケア児/者向けのバギーの変遷
Tellus-Labが開発している医療的ケア児/者向けのバギー。
実際に現在のカタチに近いプロトタイプが製作されたのが、2023年夏。
そこから2年半ほどの開発期間のどこかで、同製品を目にした医ケア児/者の関係者もいるだろう。
かくゆう我が家も2024年の春にリサーチに参加、また同年10月に開催された福祉機器展にて実機を確認している。
かように、2023年に製作が開始されたプロトタイプのバギーは、Tellus-Labのスタッフらとともに全国各地の医療的ケア児の元へ。
直接家族や医療関係者、補装具メーカーなどの生の声を聴きながら、リサーチによりリファインされ続けてきた。






2024年の国際福祉機器展に現れた際は、車両を模してダッシュボードやハンドル、運転席などが設置されたスケルトンを展示。そこには前方へ折りたたまれた助手席とその後ろに頭を前にしストレッチャー形態となっているプロトタイプのバギーが配置されていた。
バギーとセットで移動を助ける車いすスロープ車にも変遷の歴史がある
このバギーのターゲットは医療的ケア児との安全な移動だ。
医療的ケア児とともに乗る、車いすスロープ車。
全国に約2万人いるいわれている医ケア児のうち、呼吸器や酸素、吸引器、パルスオキシメーター(やそれらの電源)などをフル装備して移動する子どもたちは数千人規模で存在する。
その移動を支えるのが、車いすスロープ車と呼ばれるクルマ。
普通車サイズのミニバンや、軽ハイトワゴンなどの後部から、車いすのまま乗り込めるようになっている車体をもっているクルマで、OEMも含めれば国産メーカー全社がなにかしらの仕様をラインアップしている。
なかでも、荷物が多く、小児用車いすとも呼ばれるバギーも大型のものを使用しがちな医ケア児の移動で選択されるのは5ナンバーフルサイズ前後の大きさをもったミニバン。
トヨタ ノア・ヴォクシー、日産 セレナ、ホンダ ステップワゴンの3銘柄だ。
これらの機種(とトヨタ シエンタ)には2列目シート位置に車いすを固定できるタイプのものがあり、在宅でバギーを必要とする医ケア児と生活する場合に自家用車として選ばれるスタンダードとなっているといえる(医療施設の駐車場でも多く見かける)。



2列目シート位置への車いす固定は、移動中も医ケア児の体調変化などをチェックしやすいというメリットがある。
元々、車いす利用者とのコミュニケーションが可能な位置ということもあり、採用され始めた2列目シート配置。
各メーカーとも車両の世代が新しくなるにつれて、3列目シート位置だけだった時代から、2列目シート配置を追加。そしてその2列目シートの位置でもより運転席に近い場所へ、車いすやバギーを固定できるように進化してきた歴史がある。
ワンオペで医ケア児と移動する保護者たちはどうしてる?
これは、ワンオペで運転者が介護もしなくてはならない場合、「できるだけ運転席に近いところに医ケア児の小児用車いすを固定したい」という実態から来るものが強いと思われる。
痰の吸引などの医療的ケアは走行中でも起こるもの。
そういった状況を把握するため、そして実際に吸引などのアクションを起こす必要がある際に、素早くケアをするためにも、医ケア児と運転手の物理的な近さが必要だ(後述するが、運転者がケアをする場合、安全を確認して停車してケアを行う)。
実際、現在のスロープ車とバギーの組み合わせの場合、ワンオペの現場では医ケアが必要になった時点で車両を安全に停め、一旦車外に出て2列目シートなどに乗り換えてケアをするという動作が多くの場合に起こりうる。

このため、通常は前進で乗車するバギーを、前後反対にしてバックしながら引き上げる乗車方法をとるケースもある。
そのほうが、医ケア児の頭が運転席に近くなるため、ケアがしやすいからだ。
リサーチにより生まれたバギーとスロープ車の関係

先述の2024年の福祉機器展での展示の時点でのレイアウトもこのバックでの乗車を採用。折りたたまれた助手席により、今までよりさらにバギーを前方に固定できるようにした。
これによって医ケア児の頭を運転席のシートバックよりも前に持ってこられるようなった。
ケアが必要な際、運転している状態から停車。
場合によってはその場で運転席を後ろへスライドさせて、ケアを始められるくらいの位置関係にまで改善。
これはワンオペでのイチバンの心配事の負担を大きく軽減できる仕組みといえる。

ドアパーツ流用でバギーを固定!
そして2025年には、バギーの固定システムを刷新。


クルマのトランクやドアに使用されているドアストライカーとドアラッチによるロックの仕組みを利用し、前方となる後輪を簡単で確実に固定できるようになった。
この仕組みによってバック乗車でも、医ケア児と向かい合うようなカタチで後ろから押して(もしくは電動ウインチで引き上げて)後輪を固定。その後、後方となる前輪付近にベルト付きフックを引っかけ、車体後方へ引き込んで固定するだけで、固縛が完了するように。
加えて、バギー固定時に車外へ出るリスクも減った。
通常はリアゲートから出て前方へ移動しスライドドアを開け、バギーの前側を固定するが、その必要がなくなったことも、安全性と手間の削減という意味でメリットとなっている。
ドアハンドルでロック解除できるのも面白い!
また、後輪のロック解除の方法もユニークで、ピラーに設置されたドアオープナーのレバー(インサイドドアハンドル)を引けば完了するというもの。


つまり、バギーの固定に使用されているパーツは、一般的なクルマのドアの開閉に使っているパーツと同じものということになる。
この強度などが担保された既存パーツを流用するというアイデアで、新しいパーツを設計し型を起こして新規に製作するコストをカットし、開発の時間も短縮することが可能となった。
バギー側のストライカーの固定位置は、後輪車軸近くとなっている。
このストライカーの設置場所をセンター付近にすれば、前からでも後ろからでも乗車が可能で、一見そのほうが便利に思える。
しかし、これがこの仕様のポイント。
一般的な車いすと比べて前後の車軸の間が長いバギーでは、固定用のストライカーを車軸間に設置してしまうと段差を乗り越える際や、かまぼこ状の道をまたぐ際に引っ掛けてしまったり、亀の子状態になってしまったりする可能性がある。
だが、この仕様のように車軸に近い場所に配置すれば、段差を乗り越える際にタイヤが登れば車体とともにストライカーも持ち上がるので、引っ掛ける心配が減るのだ。




ワンタッチで固定できる代わりにバギーを手押しで移動する際に引っかかるかもしれないセンター配置より、反対側をベルト付きフックで固定する手間は増えるものの日常使いでの使い勝手の良さを選んだ選択ともいえる。
実際、バギーの前後にフックを掛けるためにクルマの周りを回って歩くのに比べれば、バギーを押しながら乗車し、ストライカーのロックを確認してしゃがんでベルト付きフックをかけるだけという作業の負担は微々たるもの。
これで普段遣いで段差に引っかかる可能性が減るのならば、そちらを取るのも納得という仕上がりだ。
そんなわけで車体側のアレンジもセットになった
お気付きのとおりバギーの話で始まったのだが、実際はスロープ車の仕様変更というところまで広がっている開発。
「医ケア児/者の移動を安全で快適なものにしたい」というテーマに正面から立ち向かった結果、今の仕様に固まりつつあるよう。
重複する部分もあるが、そんなバギーとスロープ車の現在の仕様を見ていこう。
トヨタ社内のデザインであるバギー。
主たるフレームが運動場のトラックのような「オーバルデザイン」のおしゃれなもの。
シンプルなフレームワークで、シート下の荷室スペースもフラットで広い床面積をキープ、使い勝手に優れるものと思われる。
通常であれば荷室に食い込むようにレイアウトされるシートのティルト機構のリンクもオフセットしてサイドに配置され、できるだけ荷室の体積を減らさない工夫も。
そして、プロトタイプの後輪は「車いす」として認定されやすい16インチとなっているのも外せないポイントだ(12インチの選択も可)。
さらにこのフレーム、床面と水平な直線部分があるので、クランプなどでスマホやタブレットなどの固定アームをマウントするのにも使いやすそうで期待ができる。





車体については、要素がふたつ。
助手席折りたたみシートと、バギーのロック機構。
助手席折りたたみシートは、現行シエンタの車いす仕様車タイプⅡで採用されているシートとおなじシステムを流用したもの。
これは助手席を前方に折りたたむことにより、車いすがより運転者に近い1.5列目に乗車できるもの。
そしてバギーのロック機構は、バギー側のストライカーの受け手となるドアラッチを含む一連の固定装置。ドアラッチのほか、前進してきたバギーをスムーズにドアラッチに呼び込むガイドやレバーによるリリース機構を内蔵しているものだ。




いずれも、製品化への仕様が固まってきたとのこと。
そうなると気になるのが、「いつ手に入るか」だ。
それでいつから手に入るようになるの?
製品の商品化に際し、今後の動きとしてはバギーの生産体制と、車体装備の販売方法が気になるところ。
バギーについては、現在、今仙技術研究所との共同開発にて商品化への調整中とのこと(販売は別銘柄のバギー同様、補装具代理店経由での販売を予定)。
また、車体架装については、手持ちの車両への後付けパーツとしてミクニライフ&オートでの販売を調整中とのこと。
医療的ケア児/者とその家族などの介助者、そのなかでも苦労が伴いがちなワンオペでの移動。
そんなユーザーに寄り添い、切実に必要としているものをカタチにし、商品化への道を探る。
トヨタが掲げる「すべての『行きたい』を叶えていきたい」を、最も助けを必要とする層へ届けるために。このバギーの誕生には、エンジニアたちが何百もの声に耳を傾け、安全基準を一つずつクリアしていくという、険しいものであったと推測される。
そんな生みの苦しみがありながら、出来上がった車いすはプロダクトとしてスマートで美しく、そして固定具には流用パーツの選定のダイナミックさもあるというその逞しさが、Tellus-Labを頼りがいのあるチームと感じさせる。
近づいてきたといわれる商品化を期待して待ちたい。
なお、プロダクトについてはトヨタのWEBサイト、【トヨタイムズ】トヨタの会議室で「みんなが泣いた」500回の検証から、障がい児用車いすを後ろ向きにした理由 にて確認できる。




