連載

歴史に残るクルマと技術

1970年代の試練を乗り越え、まずは上級スペシャリティカー

1970年代は、世界の自動車メーカーにとっては試練の時代だった。米国マスキー法を引き金にして、日本では排ガス規制が1973年、1975年、そして最も厳しい1978年規制へと段階的に強化された。さらに、1973年に第一次オイルショック、1979年には第二次オイルショックが世界を襲った。

この時代、日本の自動車メーカーは排ガス低減と省エネ(燃費低減)対応に追われて、高性能化は頭打ち状態になり、また対応のためのコスト上昇も避けられなかった。当然、ガソリンをガブガブ消費するスポーツカーにとっては逆風であり、ストイックに速さだけを追求するのでなく、クルマには環境性能や快適さが求められるようになった。

日本メーカーは独自の排ガス低減技術で、世界に先駆けて1970年代の試練を乗り越えることに成功。苦難から解放されたトヨタと日産は、1980年代に向けたスポーティな上級モデル、具体的には優れた走りと快適性、居住性、安全性を兼ね備えた上級スペシャリティカーを開発した。

1978年4月にデビューしたトヨタ初代「セリカXX(A40型)」(海外名:スープラ)。セリカの上級版として登場
1978年にデビューした日産2代目「フェアレディZ(S130型)」。初代よりGT色を強めた

まずトヨタは、1970年12月に日本車初のスペシャリティカーとしてデビューした「セリカ」の上級車「セリカXX」を1978年4月に発売。一方日産は、1969年11月にデビューした初代S30「フェアレディZ」初のモデルチェンジで登場した1978年8月の2代目S130「フェアレディZ」で、それぞれ上級スペシャリティカーを創出したのだ。

直6エンジンで上級化を誇示したセリカXX(A40型)

1970年12月にデビューしたトヨタ初代「セリカ」
1970年12月にデビューしたトヨタ初代「セリカ」

1970年12月、日本初のスペシャリティカーとして「セリカ(A20型)」がデビューした。スタイリングは、ジェット機の翼に採用されている層流翼を意識した断面形状をベースに、ロングノーズのピラーレス・ハードトップの際立った美しいクーペスタイルで大ヒットモデルとなった。

そして、セリカのワンランク上の上級スペシャルティカーの「セリカXX(A40型)」が、2代目セリカの派生モデルとして1978年4月にデビューした。車名の“X”は、最大のライバルである日産「フェアレディZ」の“Z”を意識したものとされている。

1978年4月にデビューしたトヨタ初代「セリカXX(A40型)」

セリカリフトバックをベースに、直列6気筒エンジンを収めるためにフロントノーズを長くして、全体的にボディを拡大。トヨタのTをあしらったフロントグリルに角形ヘッドライト、ボディ同色のウレタンバンパー、鏡面仕上げのセンターピラー、横長のリアコンビネーションランプなどで、スポーティさと高級感の両立を図った。

1978年4月にデビューしたトヨタ初代「セリカXX(A40型)」

パワートレーンは、最高出力125ps/最大トルク17.0kgmを発揮する2.0L、140ps/21.5kgmの2.6L 直6 SOHCの2種のエンジンと、5速MTおよび4速ATの組み合わせ、駆動方式はFRを継承。セリカの4気筒から6気筒エンジンに変更して差別化を図り、北米では「スープラ」を名乗った。

1978年4月にデビューしたトヨタ初代「セリカXX(A40型)」

車両価格は、標準グレード157.6万円(2.0L)/171.8万円(2.6L)。当時の大卒初任給は10.2万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約355万円/387万円に相当する。

上級化した分価格も高かったので、若者のセリカ、大人のセリカXXと棲み分けされ、セリカXXは日本よりもむしろ北米でスープラとして人気を獲得した。

快適性も重視してGT色を強めた2代目フェアレディZ(S130型)

1969年11月にデビューした日産初代S30「フェアレディZ」

フェアレディZ(S30型)は、1967年に誕生した本格スポーツカー「トヨタ2000GT」に対抗する低価格なスポーツカーとして1969年11月に誕生。米国を中心とする海外市場がメインターゲットで、スポーツカーらしいロングノーズ&ショートデッキの美しいフォルムが高く評価され、廉価な割に高性能と評価されて日米で大ヒットした。

1978年にデビューした日産2代目「フェアレディZ(S130型)」

初代デビューから8年を経て1978年8月に、“Z ZONE”のキャッチコピーとともにデビューした2代目(S130型)は、時代のニーズに応えて快適性や豪華さを重視した高級GTスポーツへと舵を切った。先代同様の2シーターと2by2が設定され、室内幅は2by2が75mm、2シーターが30mmほど拡大。さらに、インストアンダーカバーなど各種遮音や制振対策が施され、室内装備も上級化された。

1978年にデビューした日産2代目「フェアレディZ(S130型)」に搭載されたL型エンジン

スタイリングについては、フロントにロングノーズエンドやフード一体型パンパーを採用、リアはラバー付き大型バンパーや角型テールパイプなどを装着して、基本的なスタイリングは継承しながらもよりダイナミックなフォルムに変貌した。

日産2代目「フェアレディZ」のコクピット

パワートレーンは、先代から採用されている最高出力130ps/最大トルク17.5kgmを発揮する2.0L 直6 SOHC、145ps/23.0kgmの2.8L 直6 SOHCの2種エンジンと、先代同様5速MTおよび3速ATの組み合わせ。

1978年にデビューした日産2代目「フェアレディZ(S130型)」

車両価格は、2シーターで146.0万~179.5万円(2.0L)/180.0万&215.5万円(2.8L)。当時の大卒初任給は10.3万円程度(現在は約23万円)なので、単純計算では現在の価値で2.0L仕様326万~401万円、2.8L仕様が402万円&482万円に相当する。

2代目フェアレディZは、初代同様日米で高い人気を獲得。販売期間は初代より短かったが、累計販売台数は45万台を超え、先代を凌ぐ程のヒットモデルとなった。

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2019年5月にデビューした5代目「GRスープラ(DB型)」
2022年8月にデビューした日産7代目「フェアレディZ(Z34型)」

1970年代の排ガス規制強化とオイルショックは自動車メーカーに大きな衝撃を与えた。一方で世界に先駆けてこの壁を乗り越えた日本メーカーは、世界に日本の技術の高さを認めさせ日本の自動車を飛躍させた。セリカXXと2代目フェアレディZは、スポーツモデルでありながら快適性や居住性などを高いレベルで融合させたモデルのパイオニアとなった。また、その後もスープラ(セリカXXの後継)とフェアレディZは、現在も日本を代表する希少なFRのスポーツGTとして、そのライバル関係は続いている。

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