連載
今日は何の日?■5代目カローラ/スプリンターにハチロク(AE86)登場


1983年(昭和58)年5月12日、トヨタは兄弟車「カローラ/スプリンター」をモデルチェンジしてFFに変更された5代目に移行、同時に高性能モデル「カローラレビン/スプリンタートレノ」を発売した。レビン/トレノはFRを継続し、高性能DOHCエンジンと5速MTの組み合わせで、スポーティな走りを追求した。

カローラ/スプリンターの兄弟車誕生
「カローラ」は、1966年4月デビューした日産「サニー」を追うように同年11月にデビューした。初代はサニーより排気量が100cc大きい“100ccの余裕”を謳った「カローラ」が販売で圧倒したが、以降カローラとサニーの熾烈な販売競争“CS戦争”が始まった。


カローラとサニーは、セダンだけでなくスポーツグレードでも競い合い、1968年3月にサニーは若者をターゲットにした当時米国で人気を博していたファストバックスタイルの「サニー・クーペ」を市場に投入。直後に、カローラはこれに対抗するするモデルとして「カローラスプリンター」を1968年5月に発売した。

カローラスプリンターは、“スイフトバック”と称するファストバックスタイルで、全高をセダンより35mm下げスタイリッシュにしてカローラよりもスポーティに仕上げられた。1970年5月に、カローラは2代目へとモデルチェンジ。これを機にカローラスプリンターは、車名からカローラが外れて単独ネーム「スプリンター」となり独立モデルとなった。
同時にカローラにもクーペモデルが設定され、スプリンターにも4ドアセダンが追加されたことで、カローラとスプリンターはともに4ドアセダンと2ドアクーペモデルを持つという兄弟車となった。
AE86の元祖レビン/トレノ(TE27型)誕生

2代目カローラも豊富なバリエーションによって初代に引き続き人気を獲得し、ファミリーカーとして確固たる地位を築いた。その2年後の1972年3月、「カローラクーペ/スプリンタークーペ」よりもさらにスポーティなモデルとして初代「カローラレビン/スプリンタートレノ(TE27型)」が追加された。ここに、その後も長く愛され続けたレビン/トレノの歴史が始まったのだ。

当時の日本は高度経済成長で豊かになり、マイカーブームが訪れていたとはいえ、本格的なスポーツカーはまだ高嶺の花だった。

レビン/トレノは、クーペボディに「セリカ1600GT」に搭載されていた高性能1.6L直4 DOHCエンジン(2T-G型)を搭載し、トランスミッションは5速MTが組み合わされた。最高出力130ps/最大トルク15.2kgmで、セリカよりも小柄なボディだったレビン/トレノは、誰でも手の届く価格に抑えた手軽に楽しめる小型FRスポーツカーとして人気を集めた。
ちなみに、レビンとトレノは兄弟車として多くの共通コンポーネントが使用され、主な違いは前後ライト周りの形状やフロントマスクなどのデザインだった。
1974年には、初めてのモデルチェンジを行ない2代目「レビン(TE37型)/トレノ(TE47型)」、に移行。1977年には、3代目「レビン(TE51型)/トレノ(TE61型)」がデビューして、相変わらず走り好きから高い支持を受けた。
人気漫画にも登場した最後のFRスポーツAE86型(ハチロク)

1983年5月のこの日にモデルチェンジした5代目「カローラ/スプリンター」は、居住性を高めるなど実用性を重視し、当時主流となりつつあったFFレイアウトに変更されたが、4代目「レビン/トレノ(AE86型)」はFRによる走りの楽しさを重視してFRが継続された。

AE86型レビン/トレノは、2ドア/3ドアのハッチバッククーペで、レビンが固定式の角型ヘッドライトと一面となったグリルとコーナーライトを持つフロントフェイス、一方トレノはリトラクタブルヘッドライトと横長のグリルを持つ低く構えたノーズが特徴だった。

プラットフォームは基本的に先代のキャリーオーバーだが、エンジンは先代までの2T-GEU型から、最高出力130ps/最大トルク15.2kgmを発揮する新開発の1.6L直4 DOHC(4A-GEU型)に換装された。当時流行った1.6L高性能エンジン“テンロク”を代表するエンジンである。

最高速度200km/hを超えるハチロクはレースでも活躍したが、絶対的なスピードよりも優れたレスポンスとジムカーナやラリーなどで後輪をドリフトさせるFR特有のハンドリングが楽しめるライトウェイトスポーツとして、多くのファンを魅了した。



車両価格は、レビンが106.0万~154.8万円(レビン)/109.2万~156.3万円(トレノ)。当時の大卒初任給は13万円程度(現在は約23万円)なので、単純計算では現在の価値で約188万~274万円/193万~277万円に相当する。2Lクラスの走りができると思えば、リーズナブルだ。
・・・・・・・

AE86自体は、現役時代は大ヒットしたわけではなく1987年に生産を終了したが、ハチロク生産終了後も長く、あるいは現役時代以上に人気モデルとなった理由のひとつは、1995年から連載された人気漫画「頭文字D(イニシャルD)」の影響が大である。頭文字Dは、ハチロク(トレノ)を駆ける主人公が名立たるスポーツカーと公道最速を駆けて競い合うというもので、“D”はドリフトとドリームのDとされている。また、AE86はチューニングしやすく、走り屋の腕を磨くのにちょうど良かったということで長く愛用されため、中古車価格が高騰し、人気が継続した要因になったのだ。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。




