自動車よりも先に誕生した「スリーダイヤ」

三菱のクルマが掲げるエンブレムの起源は、自動車事業誕生のはるか以前にさかのぼる。「スリーダイヤ」の原型は、1870年頃に土佐藩の海運会社「九十九商会」が船の旗として使用したマークにあるとされる。そのデザインは、創業者・岩崎家の家紋「三階菱」と土佐藩主・山内家の家紋「三ツ柏」から考案されたと考えられている。
1873年には、このマークを基に社名を「三菱商会」と改めると、スリーダイヤは三菱グループ全体の共通ブランドシンボルとして受け継がれてきた。
自動車事業の発展とともに受け継がれたブランド

三菱の自動車事業は1918(大正3)年に登場した、国産初の量産乗用車とされる「三菱A型」から始まる。当時は三菱造船(後の三菱重工業)の一事業であり、車両にはスリーダイヤが掲げられていた。
自動車部門はその後も発展を続け、1970年に三菱重工業から独立する形で三菱自動車工業株式会社が誕生する。会社として独立した後もエンブレムは変更されず、従来どおりスリーダイヤが採用された。これは新たな自動車メーカーとして歩み始めながらも、「三菱ブランド」が長年培ってきた信用を継承するという意思を示すものだったと考えられる。
「スリーダイヤ」が意味するもの

三菱自動車のエンブレムは、他メーカーのような大幅なデザイン変更を経験していない。もちろん時代に合わせた表現方法の変化はある。車両用エンブレムでは立体的なクローム仕上げが採用されたり、近年ではWebサイトやスマートフォン向けに視認性を高めたフラットデザインも使用されたり、時代に合わせた修正は行われている。しかし、3つの菱形を組み合わせた基本形状そのものは創業以来ほとんど変わっていない。
三菱グループの公式サイトでは、スリーダイヤが単なるロゴではなく、長年にわたり築き上げてきた「信用」の象徴であると説明されている。また、三菱グループでは、このロゴを顧客が安心して製品やサービスを選ぶための目印と位置付け、その商標を厳格に管理している。つまり、このエンブレムは製品の品質や企業姿勢を保証するブランドマークとして機能しているのである。
モータースポーツが高めたブランドイメージ

1990年代から2000年代初頭にかけて、「ランサーエボリューション」がWRC(世界ラリー選手権)で、「パジェロ」がダカールラリーで数々の実績を残した。その結果、スリーダイヤは「四輪駆動技術に優れたブランド」の象徴として世界中で認知されるようになった。
これはモータースポーツ活動を通じて形成されたブランドイメージであり、三菱自動車も自社の歴史を紹介するうえで重要な出来事と位置付けている。
変えないことがブランド価値になる

近年、多くの自動車メーカーはCI(コーポレートアイデンティティ)の刷新に合わせてロゴをフラットなデザインへ変更している。しかし三菱自動車は、時代に応じて見せ方を進化させながらも、スリーダイヤという基本デザインを守り続けてきた。
150年以上受け継がれてきたこのエンブレムは、企業の歴史だけでなく、ブランドへの信頼そのものを表すシンボルである。流行に合わせて姿を変えるのではなく、「変えないこと」がブランド価値となる。その好例が、三菱自動車のスリーダイヤなのである。

