
自動運転の世界でも、AIは猛烈な勢いで進化している。巨大なAIモデルに大量のデータを学習させ、カメラなどから得た情報を入力すれば、AIが状況を理解し、判断し、クルマを動かす──。究極的には「見る」から「走る」までをひとつのニューラルネットワークでつなぐEnd-to-End(E2E)が、自動運転のひとつの理想形にも見える。
では、世界でもっとも多くの完全自動運転を実際の道路で経験しているWaymoは、どこを目指しているのか。
Waymoが8月19日にオンラインで開催した「AI Learning Session」で語った内容は興味深かった。
2000万回以上の完全自動運転を経験したWaymo

もちろんWaymoもAIを猛烈に進化させている。独自の「Waymo Foundation Model」を開発し、VLM(Vision Language Model)を取り入れ、巨大なAIモデルを“教師”として車載AIを学習させている。
しかし、その一方でWaymoが繰り返し強調したのが、
「AIは強力だが、魔法ではない」
という考え方だった。
AIに運転を任せる。しかしAIを無条件には信用しない。完全自動運転で3億km以上を走ったWaymoがたどり着いたのは、むしろそんな自動運転の姿だった。Waymoのルーツは2009年に始まった「Google Self-Driving Car Project」にある。2016年にAlphabet傘下の独立企業となり、現在は自動運転システム「Waymo Driver」と、それを使った完全自動運転の配車サービスを展開している。
2026年8月時点で、完全自動運転による乗車サービスは累計2000万回以上。Waymo Driverの公道での自動運転走行距離は2億マイル(約3.2億km)を超えた。
今回説明を行なったのは、Waymoでオンボードソフトウェア担当VPを務めるシュリカンス・ティルマライ氏だ。認知、行動予測、動作計画など、Waymo Driverを支えるソフトウェアスタックを担当する人物である。
ティルマライ氏は説明会の冒頭で、自動運転をめぐる現在の状況について興味深い表現を使った。
自動運転には依然として大きな期待が集まっている。しかし、「将来に向けた構想」と「すでに実際に稼働しているプロダクト」を見分けるのが難しくなっている、というのだ。
Waymoが今回示したかったのは、まさに後者なのだろう。
理論上できるはずだ、ではない。

Waymo Driverが実際の道路を完全自動運転で走り、乗客を乗せ、その結果として何を学んだのか、である。
WaymoもFoundation Modelを使う
WaymoのAIも、この10年で大きく変化してきた。
当初は深層畳み込みニューラルネットワークを主として認識に使用し、その後Transformerを認識や行動モデリングへ展開。さらにVLMやLLMの持つ一般的な世界知識を利用するようになった。そして現在、その中心にあるのが「Waymo Foundation Model」だ。

Foundation Modelという言葉からChatGPTなどの生成AIを連想する人も多いだろう。
実際、質疑応答でティルマライ氏は、Waymo Foundation ModelについてChatGPTやGeminiを例に出しながら説明している。

こうしたFoundation Modelは非常に巨大で、そのまま自動車に搭載してリアルタイムで動かすことはできない。そこでWaymoは巨大なFoundation Modelを「Teacher(教師)」として使い、そこから小さなAIモデル、つまり「Student(生徒)」を学習させる。
そして、その小型化されたモデルを車載側で動かす。
いわゆるTeacher-Studentモデル、あるいは知識蒸留と呼ばれるアプローチだ。
ティルマライ氏によれば、現在米国などで走っているWaymoの車両も、このWaymo Foundation Modelをベースに学習したAIによって走行しているという。
WaymoはAIを使わないどころか、むしろFoundation Modelを中心に据えて自動運転AIを進化させようとしている。
興味深いのは、ここからである。
「AIは強力だが、魔法ではない」
ティルマライ氏はプレゼンテーションのなかでこう説明した。
「AIは確かに強力なものですが、決して魔法ではありません」
そして純粋なEnd-to-End AIについて、原因を追跡できないブラックボックスが生まれるリスクがあると指摘した。これは自動運転にとって非常に大きな問題だ。
生成AIが文章を作るのなら、多少間違えても訂正できる。
しかし自動車では、AIが出した答えがそのままステアリングやアクセル、ブレーキの操作につながる。時速数十kmで走るクルマが、歩行者や自転車、ほかのクルマが存在する現実世界で瞬時に判断し続けなければならない。
しかも、「なぜAIがその判断をしたのかわからない」では済まない。
Waymoは純粋なEnd-to-Endモデルそのものを否定しているわけではない。ティルマライ氏は質疑応答で、End-to-Endには多くの強みがあり、多くのケースで素晴らしい結果を出すと認めている。
一方で、安全性や透明性には弱点があるとも指摘した。
特定の状況でAIがなぜその判断をしたのかわからなければ、その判断が安全面や法規遵守の面から正しかったのかを検証することも難しい。そこでWaymoは、純粋なEnd-to-Endではなく、周囲の状況から得られる構造化された情報で補強する「structure-augmented end-to-end」のアプローチを採る。
ティルマライ氏はこれを、単純なEnd-to-Endを「さらに強化したもの」と説明した。AIの判断を、別の仕組みでチェックするさらに重要なのが、AIが出した答えをそのまま実行しないことだ。
Waymoの車両には、Waymo Driverとは別に独立したオンボードの検証レイヤーが存在する。この検証レイヤーはWaymo Driverが生成した走行軌道を監視し、それが安全なのかをチェックする。
資料では、チェックする対象として、
厳格な安全上の制約、車両の運動学的限界、道路交通法、安全運転の慣習、
などが挙げられている。
しかも質疑応答で明らかになったところでは、この車載検証レイヤー自体も単純なルールベースではない。
「AIとルールを組み合わせたもの」だという。
つまり、AIが運転を考え、それとは独立した仕組みが、その運転が安全で、法規を守り、乗客にとって快適なのかを確認する。
AIを使いながら、AIを野放しにはしないのである。
AIに「自分の答案」を採点させない

さらに車両の外にも、もうひとつのチェック機構がある。
「AI Critic」だ。

ティルマライ氏はこれを「後部座席から運転をチェックする頼れる存在」と表現した。
AI Criticはシミュレーションと実世界から得た膨大な走行データを評価し、ルールの遵守、走行の滑らかさ、乗客の快適性などをチェックする。
説明会で使われた表現が面白い。
「AIに自分で自分の答案を採点させない」というのだ。
オンボードのValidatorが、その瞬間の安全性をチェックする。
オフボードのAI Criticは、大量の走行データからAIの運転品質を評価する。
そしてAI Critic自体もWaymo Foundation Modelを教師として構築されたAIであることが、質疑応答で明らかにされた。一方、オンボードの検証レイヤーはAIとルールを組み合わせる。
ここにWaymoのAIに対する考え方がよく表れている。ひとつの巨大なAIにすべてを任せるのではない。AIに運転させ、別の仕組みで検証し、さらに別のAIに評価させる。それらをフィードバックループとして回し続けることで、Waymo Driverを改善していくのである。
センサーも「カメラだけ」にはしない


同じ思想はハードウェアにも表れている。Waymo Driverはカメラだけではなく、LiDAR、レーダーを組み合わせる。
カメラは物体が何であるかという意味情報に強い。LiDARは周囲の3D構造を正確に捉えられる。レーダーは雨や霧など視界の悪い環境でも機能する。
ひとつのセンサーが一時的に十分な情報を取得できなくても、別のセンサーが補う。
つまり、ここでも冗長性を持たせている。質疑応答では「カメラだけではだめなのか」という質問も出た。
ティルマライ氏の答えは明快だった。
カメラだけのほうが高価になるという意味ではない。しかしカメラだけでは、安全な走行に必要な情報を十分に得られない状況が存在する。LiDARやレーダーのほうが有効な状況があるため、Waymoは3種類のセンサーを組み合わせているという。
AIだけに頼らない。
ひとつのAIだけに頼らない。
ひとつのセンサーだけにも頼らない。
Waymoの自動運転には一貫して「ひとつのものを全面的に信用しない」という思想が流れているように見える。
それでも最後に必要なのは「実際に無人で走ること」
そして今回の説明会でもっとも印象的だったのは、AIでもシミュレーションでもなく、実走行についての発言だった。
Waymoは巨大なシミュレーション環境を持っている。特に重視しているのがClosed-loop Simulationだ。
単に過去の映像に対して「AIならどう判断するか」を調べるのではない。シミュレーション上でWaymo Driverが判断すると、それに応じて周囲の車両や歩行者なども変化する。
合流、狭い道路、割り込みなど、相互作用によって状況が次々に変化する現実の交通を再現するわけだ。
それでもWaymoは、
「完全自動運転の実走行経験に代わるものはない」
とする。
さらにティルマライ氏は踏み込んだ。
「L2の運転支援システムを進化させることには未来がない。真のL4自動運転には、それ専用のシステムが必要だ」というのである。
東京を走れば走るほど「東京のドライバー」になる
人間が監視している状態では、人間が無意識のうちに危険な状況を回避してしまうことがある。本当に人間というセーフティネットを外して初めて、AIは自分の判断に完全な責任を負うことになる。
そこで初めて見えてくる問題がある。
だからWaymoにとって2億マイルという数字は、単なる「走行距離世界一」のような記録ではない。完全自動運転AIを成熟させるための、代替することのできない経験値なのだ。
この考え方を知ると、現在東京を走っているWaymo車両の意味も少し違って見えてくる。
Waymoは日本交通、GOと提携し、東京でWaymo Driverの実証を続けている。車両は港区、新宿区、渋谷区、千代田区、中央区、品川区、江東区などを走行している。
Waymoは公道走行、クローズドコース、シミュレーションを組み合わせ、東京固有の交通環境や利用者の期待に合わせてモデルを調整しているという。
そしてティルマライ氏はこう説明した。
「AIの学習は一度やれば終わりではありません。東京で走行を重ねれば重ねるほど、Waymo Driverの性能が向上し、より自然な運転ができるようになります」
東京は米国の都市とはかなり違う。道路は狭い。歩行者も自転車も多い。路上駐車もあれば、工事現場もある。独特の交差点や交通ルール、そして明文化できない交通参加者同士の“間合い”もある。
巨大なFoundation Modelを持っているから、いきなり東京を完璧に走れるわけではない。
実際に東京を走り、学び、評価し、修正する

そのプロセスを繰り返して初めて「東京を自然に走るWaymo Driver」ができあがる。「もっと賢いAI」だけでは自動運転は完成しない生成AIの急速な進化を見ていると、AIがさらに賢くなれば、そのうち自動運転も解決してしまうのではないか、と考えたくなる。
Waymoの今回の説明は、その考え方とは少し違う。
もちろんAIは重要だ。
Foundation Modelを巨大化し、世界についての理解を深め、それをTeacherとして車載AIを学習させる。Waymo自身、その方向へ猛烈な勢いで進んでいる。
しかし同時に、AIの判断を検証する独立した仕組みを置く。
AI Criticに評価させる。
カメラだけではなくLiDARとレーダーも使う。シミュレーションだけではなく実際の道路を走る。
そして最終的には、人間がソフトウェアを実環境へ投入できる状態にあるのかを判断する。
ティルマライ氏は「AIの進化を左右するのは、それを評価、管理するガバナンスの仕組み」だと説明した。単純にAIを開発してリリースするだけでは不十分であり、実走行、シミュレーション、評価を安全基準のもとで統合する必要があるという。
Waymoが3億km以上の完全自動運転を経て学んだことは、「もっと巨大なAIを作ればいい」という単純な答えではなかったようだ。
むしろ逆である。
AIが賢くなればなるほど、それをどう検証し、どう評価し、どこまで任せるのかが重要になる。
そしていま、そのWaymo Driverが東京を走っている。世界でもっとも多くの完全自動運転を経験してきたAIドライバーは、東京という新しい教室で、また新たな経験を積み始めているのである。
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