昨年、F.C.C.ブースで見た「あのクラッチ」がBMWに搭載された

上の画像は、昨年(2025年)の東京モーターサイクルショーで筆者がたまたま撮影していたものだ。場所はクラッチメーカー「F.C.C.」のブース。「二輪用自動発進湿式多板クラッチ(F.C.C. Smart Start Clutch)」が正式名称の新製品で、機構としてはこの種の自動遠心クラッチのパイオニアであるリクルスのプロダクトに近いものだ。
「これをすでに採用している車種はありますか?」
そうF.C.C.のスタッフに聞いたところ、「え~っと、欧州メーカー向けに開発したもので、詳しくは……」などと、はぐらかされてしまった。当時は「いったい、どこのメーカーなのか?」と思ったものだが、当然ながらその時点ではBMWという社名を明かせなかったのだろう。
そして翌年、F 450 GSが正式に姿を現した(コンセプトモデルは2024年のEICMAで公開されている)。展示品と同一ではないものの、F.C.C.が開発したこの自動発進クラッチのシステムが“ERC”として採用されたのである。昨年、ショー会場で中身をのぞき込みながら質問していた身としては、「あれがここにつながったのか」と少なからず感慨深い。

MVアグスタのSCSで知った「クラッチを握らないMT」の快感

筆者は以前、同様の自動遠心クラッチを採用した大型車に試乗したことがある。MVアグスタのドラッグスター800RR SCSだ。テストしたのは2021年なので、ホンダがクラッチコントロールを自動制御化した「Eクラッチ」を発表する2年も前のことだ。
クラッチレバーを握らずにニュートラルから1速に入れると、まるで4輪AT車のクリープ現象のように車体がズルズルと前進する。したがって、1速のまま停車する際はクラッチレバーを握るか、ブレーキを作動させておく必要があった。

ところが、この「勝手に前へ出る」という感覚にさえ慣れてしまえば、実に気持ちがいい。ブレーキをリリースした瞬間から走り出し、スロットル操作に対するレスポンスも常にダイレクト。Uターンのような極低速域でもギクシャクしたり、エンストしそうになったりする気配は皆無だった。
シフト操作そのものはライダーに残されている。なのに、発進と停止でクラッチレバーを握る必要がない。
「これはもっと普及すべきだ」
当時、強くそう感じたのを覚えている。だからこそ、BMWがF 450 GSにERCを搭載すると知ったとき、その仕上がりにはかなり期待していたのだ。
F 450 GSは2700rpmでクラッチミート。この“間”をどう見るか
さて、本題のERCである。
クラッチレバーを握ることなく1速へ入れ、スロットルを開ければ発進する。広義での自動遠心クラッチという機構そのものは珍しいものではなく、スクーターやスーパーカブシリーズなどにも幅広く採用されてきた。
それらに乗った経験がある人ほど、「スロットルを少し開ければ車体がスッと動き出す」という感覚が自然と身に付いているだろう。
ところが、その感覚のままERC付きのF 450 GSに乗ると、最初の発進で「あれっ?」となる。

ERCのミートポイントは2700rpmに設定されている。数値だけを見ればアイドリングの1500rpmからそれほど離れていないのだが、体感的にはその差が意外なほど大きい。あくまで筆者の感覚だが、スロットルを20%ぐらい開けて、ようやく車体が動き出すイメージなのだ。
従来のMT車なら、右手で少し回転を上げながら左手でクラッチをつないでいく。それに対してERCでは、左手の仕事がなくなった代わりに、右手だけで「クラッチがつながる回転数」まで持っていなければならない。
システム上、エンストすることはない。とはいえ、初見でその感覚を知らず、ミートポイントまで十分に回転を上げられないままバランスを崩し、パタンと立ちゴケする人がいても不思議ではないと思った。

一方、減速側=エンジンブレーキについては非常に自然だ。一般的な遠心クラッチのように停止するはるか手前でフリーになるのではなく、人が歩くような速度域までしっかりとエンブレが利いてくれる。
これ自体は好印象なのだが、問題はそこから再加速するときだ。クラッチが切れた状態から再び駆動力を発生させるには、やはり2700rpm付近まで回転を上げる必要があり、そこでわずかなタイムラグ、つまり“間”が生じるのだ。
そのため、Uターンのような極低速域での小回りでは、スロットル開度を一定に保ったまま、リヤブレーキで速度を調整した方がスムーズに旋回できる。これはスクーターでも有効な乗り方であり、ERCも同じ発想へ切り替えると途端に扱いやすくなる。
言い換えれば、ERCにはERCなりの乗り方がある、ということだ。
クラッチレバーは飾りではない。必要なときはライダーが介入できる

もっとも、筆者がERCに感じた大きな違和感は、この2700rpmというミートポイントぐらいだった。そして、それは試乗中にすぐ慣れてしまった。
何より素晴らしいのは、やはりクラッチレバー操作から解放されることだ。
発進してしまえば、シフトアシスタントProによってアップ/ダウンともに極めてスムーズに変速できる。左手のレバー操作はほぼゼロだ。その快適さは、これまで大排気量・高価格帯のモデルで味わうものという印象が強かっただけに、F 450 GSというクラスで実現したこと自体が面白い。

だからといって、クラッチレバーを取り去っていないところもERCのいいところだ。
例えば勢いよくダッシュしたいときや、オフロードで障害物を越えるためにフロント荷重を抜きたいときなど、高い回転域から任意のタイミングでクラッチをつなぎたい場面では、従来どおりレバーを使えばいい。
「普段は機械に任せる。でも必要なときだけライダーが介入する」
この考え方は、バイクという乗り物との相性が非常にいいように思える。
なお、アシスト&スリッパー機構も組み込まれているとのことだが、クラッチレバーの操作力そのものはけっこう重めだ。ただし、そもそもレバーを握る機会が激減するため、それに不満を覚える場面はそう多くないだろう。
最大の弱点は傾斜地での駐輪。ここは何らかの対策が欲しい
一方、ERCで最大限注意したいのが傾斜地での駐輪だ。
通常のMT車なら、エンジン停止後に1速へ入れておけば、駆動系が後輪の動きを抑えてくれる。しかしERC付きのF 450 GSは、ギヤを入れていても車体を動かせてしまうのだ。この問題は、アドベンチャーモデルとしては意外と無視できない。
MVアグスタのSCSには、右ステップ付近に足で操作するパーキングブレーキが備わっている。ペダルを踏み込んで作動させ、発進時にはリヤブレーキを操作すれば解除されるという仕組みだ。

また、自動遠心クラッチを組み込んだAMTを採用するKTM・1390スーパーアドベンチャーS EVOでは、シフトパターンを「P-N-1-2-3-4-5-6」とし、P(パーク)を選択するとギヤボックス内部のロッキングポールによって不用意な車体の移動を防ぐ仕組みとしている。
さらに、上で紹介したQJモーター・SRV 400 Aにも、駐車時にブレーキレバーを引いた状態で保持するための機構が用意されている。
こうした例を見ると、F 450 GSにも何らかの対策が欲しくなる。
特に林道遊びが好きな人ほど、「ギヤを入れた状態でも安心してバイクを駐められない」という点をネガティブに感じるだろう。ベテランほど「坂では1速に入れて駐める」が体に染み付いているだけに、一度や二度はヒヤッとする可能性が高い。筆者もその一人だ。
とはいえ、機構そのものの欠点というよりは、パーキング機能をどう付加するかという話でもある。今後のマイナーチェンジ、あるいはシンプルな社外パーツによる解決にも期待したい。
ERCはまだ完成形ではない。だからこそ、この先が楽しみだ

冷間補正(アイドルアップ)によるクリープ現象を避けるためとはいえ、2700rpmというミートポイントの設定には、もう少し煮詰める余地があると思う。また、傾斜地で駐輪する際の対策も欲しい。F 450 GSのERCを「完成形」と呼ぶには、まだいくつか注文を付けたいところがある。
それでも試乗を終えて、「ERCはナシだ」とはまったく思わなかった。むしろ逆だ。
信号待ちのたびにクラッチレバーを握らなくていい。渋滞でもエンストを気にする必要がない。林道の難所では、クラッチ操作という一つの仕事を機械に任せ、そのぶんスロットルやブレーキ、ライン取りに集中できる。それでいて、必要なら従来どおりクラッチレバーを使えるし、シフト操作というMT車ならではの楽しさも残されている。
左手の操作が一つ減るだけ。文字にすればそれだけのことなのだが、実際に走らせると、その恩恵は想像以上に大きい。
そして筆者がERCに期待したい最大の理由は、この種の技術が大排気量・高価格車だけのものではなくなり得ることだ。

豪華な電子制御や複雑な自動変速機構を惜しみなく投入できる大型車だけでなく、コストや重量に厳しい制約のある小~中排気量車にこそ、「クラッチ操作だけを上手に自動化する」という考え方は効くのではないだろうか。
ビギナーにとっては発進やエンストへの不安を減らしてくれる。ベテランにとっても渋滞や長距離移動で左手を休ませてくれる。それでいて、MT車を操る楽しさまで奪わない。
ERCは、まだ粗削りな部分を残している。だが、その粗削りさを差し引いても、この方向性には大いに可能性を感じる。
F 450 GSだけの飛び道具で終わらせるには、あまりにも惜しい。
数年後、「400ccクラスでクラッチ操作不要なんて珍しくないよね」と言えるぐらい、この仕組みが広がっていることを期待したい。
