スバルはなぜ「思い込みを壊す」を掲げたのか

報道陣の前でプレゼンテーションをするスバルの藤貫CTO

スバルは「ENEOS スーパー耐久シリーズ2026 Empowered by BRIDGESTONE 第3戦 NAPAC 富士24時間レース」(6月5日〜7日、富士スピードウェイ)開催期間中の6月6日、「Performance領域における具体的な取り組み#2」と題し、メディア向けに同社の製品戦略やS耐参戦車両のアップデート情報などについて説明した。

このなかで藤貫哲郎CTO(取締役専務執行役員)が「今後の展開について」を説明するパートがあった。藤貫CTOはまず、「なぜこういう部署を作ったかということなんですが」と話し始めた。「こういう部署」とは、スポーツ車両企画室である。

「将来のスバルのクルマづくりに対してものすごく危機感があるんですね。クルマづくりって、先輩方が緻密な仕組みを作り、こういう順番でやればクルマができるという、ある意味会話をしなくてもクルマができる仕組みを作った。それはある意味合理的なのかもしれないんですけど、一方で部署間の会話がなくなってしまう。S耐のメンバーがやっている仕事と実際の開発って会話しないんです。いや、それはモータースポーツでしょ。量産とは違うんだみたいに、自分たちの中で垣根を作っちゃうんですね。それはあなたの仕事でしょ。私じゃないですみたいな」

藤貫CTOは問題意識を抱えていた。

「いや、そうじゃないでしょうと。みんなでお客様が本当に喜んでいただけるクルマを作るのが目的。そのためにまずはみんなで一所懸命考えることが重要だと思うこともあり、4月に組織を変えました」

モータースポーツ活動を行なうチームは藤貫氏が率いるCTO室に属していたが、2026年4月1日からは新設した商品革新本部に「スポーツ車両企画室」として属することになった。この部署で、スーパー耐久をはじめとするモータースポーツの活動も行なう。

「たぶん、エンジニアはモータースポーツをやってみたい、スポーツカーを作りたいと思っているはず。でも、思い込みというか、そこまでやっちゃいかんみたいなことが起きている。それを壊していかなければいけないと思っています。モータースポーツだけではなく、普通の開発もそう。いかに垣根を取り払って、やりたいことをやり、お客様に喜んでいただけることをやるか。そういうクルマづくりをしていかなければならないという思いがベースにあります」

スバルは5月の全日本ラリー第3戦 飛鳥で「SUBARU Boxer Rally spec.Z」をデビューさせた。BRZをベースにした4WDターボのラリーマシンだ。この一見すると突飛な車両にも、藤貫CTOの思いが込められている。

「賛否両論あると思います。BRZを4WDターボにして走らせるなど、やっちゃいかんみたいな。でも、誰も(ダメとは)言ってない。(全日本ラリー選手権の)JP4の規格を見れば(やれと)呼び込んでいる。思い込みをいかに壊すかもモータースポーツのチームに課されたことだと思うんです。常識じゃなくて、もっと変えようぜと。もっと気軽に楽しめるクルマもそう。ハイパワーで高いではなく、もっと安いクルマができるんじゃないか。そんなことができるといいと思っています」

TY85復活とMT車3モデルが示す未来

スバルが予告した3モデルのティーザー写真

スバルは4月9日にマニュアルトランスミッション(6速MT)を採用したSTIのコンプリートカー、「WRX STI Sport #」を発表した。600台の限定販売に対し9000件以上の申し込みがあったという。これについて藤貫CTOは「お待たせして申し訳ありませんでした」と発言し、「本当にありがたい話です」と続けた。さらに、「これだけではありません」と付け加える。

「2027年までに3台のクルマを考えています」。そう話すと、ベールを被った3台のクルマをディスプレイに映し出した。普通なら「何が出てくるのかシルエットからご想像ください」で済ませるところだが、そこは藤貫CTOのいいところ(?)で、詳しい内容を説明してくれた。

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すべてマニュアルミッション(MT)搭載車で、左がWRX、中央はBRZ、右は5ドアハッチバック車だ。WRXについては「TY85です」と明かしてくれた。TY85とはMTの名称で、2000年に発売されたインプレッサ(GDB型)WRX STiで初めて投入された高容量タイプの6速MTである。許容トルク容量は500Nmとも聞く。シフト&セレクトをケーブルで行なう中容量のTY75と異なり、ロッド式なのもTY85の特徴。ちなみに、先に600台限定で発表されたWRX STI Sport #の6速MTはTY75である。

「TY85は一度生産中止にしました。中止にして生産ラインはなくなっていたと思っていたのですが、製造のトップと話をしているときに『電動化のラインを拡張したいので、TY85のラインをつぶしていいか』という話があり、ちょっと待ってくれと。ラインあったのかと。じゃあ作ろうと。そういう経緯があります。すごく重要だと思っているのは、TY85が使えることになると、エンジンの出力を上げても耐えられる。今度のモデルは違うかもしれませんが、将来に渡ってエンジンの出力アップが可能になってくる」

WRX STI Sport #がFA24型の2.4Lターボエンジンを搭載しながら、最大トルクが350Nmに抑えられているのは、TY75のトルク容量が足かせになっているからだろう(最高出力は202kW)。TY85が搭載できることになれば、400Nmオーバーの最大トルクが設定可能になるし、連動して最高出力も引き上げることができるようになる。TY85の復活によって、ハイパフォーマンスカーの可能性が大きく拡がることになる。

次のWRXには間に合わないものの、4WDシステムはTY85とセットだったDCCDが復活する。DCCDはDrivers Control Center Differential(ドライバーズコントロールセンターデフ)の頭文字をつなげてもので、前後不等トルク配分を行なうプラネタリーギヤと電子制御多板クラッチによる差動制限機構を組み合わせた構成。当初は前35:後65のトルク配分だったが、後に前41:後59と、よりリヤ寄りの配分に変わっている。WRX STI Sport #はベベルギヤを用いたセンターデフとビスカスLSDを組み合わせたパッシブなシステムを搭載。前後トルク配分は50:50だ。

「DCCDはちょっと待ってください。これも大変で、メカのほうはなんとかあったのですが、基板が生産中止になってしまいまして。そうしたら、アイサイトのチームがソフトを含めて作ってくれることになりました。それまでお待ちいただきたい」

2025年11月、スバルはBRZの特別仕様車「STI Sport TYPE RA」を発表・発売した。スーパー耐久シリーズをはじめとするモータースポーツで培った技術や知見を生かし、走る愉しさを追求したコンプリートカーである。ピストンやコンロッド、クランクシャフトなどの重量・回転バランス公差を徹底的に低減したバランスドエンジンや、冷却フィン付きリヤディファレンシャルケース、アクセルを戻さずにシフトアップを可能とするフラットシフト、専用ZF製ダンパーなどを採用したこだわりの1台である。

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藤貫CTOによれば、ベールを被ったBRZは「これをベースにもうちょっと軽やかに走るようなコンセプト」になるという。いっぽう、5ドアのハッチバック車は次のWRXやBRZのコンプリートカーとは対極の位置付けになる。

スバルがジャパンモビリティショー2025で発表したスバルPerformance-B STIコンセプト

「車両のコンセプトを変えようと思います。4ドア(WRX)とはまったく違う方向で企画していきます。何度も言ってきたように、素うどんのアフォーダブルなクルマです。いまどこまでいろいろなものを取れるかと検討しているところです。試作車ができたのですが、いろいろ防音材とか取ると、すごく懐かしいです。これはこれでいいと思っていて、こういうクルマを出していきたい。形はちょっと違うかもしれません」

形がちょっと違うというのは、2025年のジャパンモビリティショーに展示した「Performance-B STI concept」に対してだ。このクルマはうどんに例えれば具が全部載った状態になっているが、実際に発売されるのは、具を全部取り去った素うどんである。

「まずは既存のアセットを使ったクルマを出していく。ハイパワーのクルマも企画していきたい。でもベースはやっぱり、クルマ好きなメンバーが多いですから。自分たちが何をやりたいのか。そういったものを実現していって、お客様も一緒に楽しんでいっていただけるようなクルマができればすごくいいし、エンジニア自身がこれやっちゃいけないなと自分で歯止めをかけないようなものができるといいなと思っています」

スポーツ車両企画室を設立した狙いは、小さくまとまらない開発をしていくため、ということなのだろう。

「今日は(S耐車両の開発に携わりドライバーも務める)伊藤からエンジンが壊れたという話がありました。これ、すごくいいと思っています。S耐を始めた頃は、壊れるからダメみたいなことはやらなかったんですね。もっと崖をよく知ろうよと。4年経ってようやく『壊しました』って胸張って言えるくらいになってきた。手戻りのない上手な開発をすることが正義みたいな会社になっていますが、それって自分たちの都合ですよね。何度やり直してもお客様に喜んでいただけるものができるんだったら、それはやり直そうと。そんなふうに変えていきたい」

スバルはスーパー耐久への参戦など、モータースポーツへの関わりを通じてクルマづくりを変えようとしている。それは会社のためではなく、お客様のため(だが、それが巡り巡って会社のためになるはず)。合理的ではないことにも挑戦し、常識はずれや手戻りをいとわず、やりたいことをやる。どんなクルマが出てくるのか。まずは3台のMT車のベールがはがれる日を待つことにしよう。