連載

21世紀の電池攻防戦

欧州の電池生産能力は「600GWh」に達するのか

現在、欧州で稼働中または建設中、計画中の車載電池セル工場を表にまとめた。ことし3月に本連載で紹介した内容のアップデート版である。各社の発表および報道ベースでの集計では8工場が稼働中であり、だんだん数はそろってきた。

欧州の車載電池セル工場(2026年7月現在)

ただし、表に挙げた稼働中の工場のうち、欧州資本によるものはフランスのACC(オートモーティブ・セルズ・カンパニー=ステランティス/メルセデス・ベンツ/TOTALエナジーズの3社合弁企業)だけである。同社もイタリアのテルモリとドイツのカイザースラウテルンに建設を予定していたセル工場建設を断念し、量産規模は縮小した。

ACCのバッテリー(PHOTO:ACC)

表を見ればわかるように、欧州で稼働中の車載電池セル工場はほとんど中国と韓国の企業である。すべての工場での電池セル生産が計画通りに進めば年産600GWh(ギガワットアワー:1GWh=1000MWh=100万kWh=10億Wh)に達する。BEV1台平均の電池搭載量を50kWh(キロワットアワー)とすれば年間1200万台に対応できる量産規模だ。平均60kWhなら1000万台、65kWhなら920万台超。充分な供給量である。

しかし、電池セル製造では必ず不良品が発生する。同時に工場の稼働率は設備点検や補修などで絶対に100%にはならない。仮にすべての電池セル工場で稼働率80%、良品率90%になるとすれば、生産能力600GWhに対し実際に出荷可能な電池セルは、生産能力に稼働率80%と良品率90%を掛けた72%となる。600GWh×0.8×0.9=432GWhである。BEV1台当たり平均50kWhなら864万台分になり、平均60kWhなら720万台分。充分な量と言える。

いや、これも絵に描いた餅だ。電池各社の計画を探ると定置型電池、いわゆるESS(エナジー・ストレージ・システム)用の出荷がある。データセンター向けの非常用電源は需要が急増しており、ここに一定の生産能力を割くことになるだろう。同時に太陽光発電や風力発電とセットにするESSの需要がある。いわゆる再エネ(再生可能エネルギー)発電のうち、天候と時間帯に発電量が左右される手段にはESSが必須だが、現在はこの用途の電池セルも韓国・中国企業による欧州現地生産と輸入に頼っている。

工場稼働率と良品率から想定する432GWhに対し、定置用が2割あるとすると、車載向けは432×0.8=345GWhになる。BEV1台当たり平均50kWhなら690万台分になり、平均60kWhなら575万台分だ。仮に600万台分とすれば、全体需要が1800万台(LCV=軽量商用車と車両重量3.5トン以上の商用車を含めて)なら、その3分の1を賄える計算だ。

車両代替が進まない欧州市場

2025年の全欧州乗用車販売台数は1327万台、2024年は1296万台だった。全車種合計で見れば、コロナ禍前の2017〜2019年の年間2000万台水準に対し2020〜2025年の6年間で合計2400万台の需要が消えた。そのため乗用車の平均車齢は2019年当時の11.5年が2024年には12.7年に延びた。2007年には8.4年だったから、1.5倍の平均車齢である。自動車の高齢化が進み、車両代替のペースは鈍っている。

EUの車両保有台数は、2025年で2億5600万台。BEVはそのなかの2.3%、600万台弱に過ぎない。代替母数としては非常に大きいが代替が進まない。BEVだけで全体保有の10%超を狙うにしても、スクラップされる分を除いてあと2000万台必要だ。

EU委員会がBEV大量普及の方針を打ち出したのは2019年末。運悪くその翌年からCOVID19(新型コロナウィルス感染症)による経済停滞が始まった。そして、EUだけでなく多くの国・地域がコロナ収束の見通しを誤った。EUは「祝・コロナ収束」のBEV補助金上乗せを2021年に実施したが、早過ぎた。さらに2024年以降は財政状況からBEV補助金の打ち切りが各国で始まった。

電池製造はと言えば、コロナ禍とその後の期間で英国のブリティッシュボルトとスウェーデンのノースボルトが経営破綻し、ノルウェーのフレイルは電池セルから撤退した。EU委員会とEU議会が期待していた欧州資本の電池セル製造企業3社が消えた。

2024年末にACEAは、EUのBEV政策を痛烈に批判した。「CO₂目標は市場実態から大きくかけ離れ、CO₂排出削減目標未達成の場合は罰金をOEM(自動車メーカー)だけに払わせている」と、ACEAのルカ・デ・メオ会長(当時)は批判したが、経済界の見方もほぼACEAと重なる。

自動車部品業界は「ICE(内燃機関)関連の雇用を失う一方、電池・電子部品の付加価値を中国に持って行かれた。OEMでのICE開発中止があまりに急だった」と批判した。OEMはCO₂罰金を支払う義務があるから、当然そうなる。電池企業は「公的支援が遅く、しかも複雑で、いちばん肝心な量産立ち上げ準備にはほとんど支援がなかった」と批判した。

そして、各国の経済界は「高い電力価格。ウクライナ戦争によるエネルギー価格高騰。次々と出てくる規制への負担増。これらは経済の実態にまったく合っていない」「許認可が遅く中国・米国と競争できない」とEUの政策を批判した。EU各国と経済界は、脱炭素という流れには反対していない。しかし、いきなり儲け口を閉ざされて困惑した。

頓挫した「欧州電池産業」の育成

EUの政策ミスは「順番の間違え」だと指摘される。まずCO₂削減目標と罰則を決め、欧州OEMにBEV投資を強制した。電池供給体制は早急に整うと思っていたが、電池セル生産立ち上げの難しさは理解していなかった。そのため電池製造への支援が遅れ、2社が破綻した。その間に中国と韓国の企業が欧州での生産体制強化に動き、OEMは調達先をそこに頼らざるを得なかった。

電池セル生産の立ち上げは非常に難しい。日本でも日本資本(日産とNECの合弁)だった当時のAESCやGSユアサは苦労した。電池工場を取材し、製造技術者諸氏の話を伺えば、いかにリチウムイオン2次電池が難物かは理解できる。筆者は2008年から継続して新世代電池の取材を続けてきたが、EU委員会のメンバーやEU事務局の官僚たちは、おそらく工場も見たことがないのだろう。

CO₂罰金が生んだBEV赤字販売

PHOTO:VW

いま、在欧OEM各社はBEV1台を売るごとに平均1000ユーロ(1ユーロ=185円換算で18万5000円 以下同)の赤字を垂れ流している。ここは簡単な計算で理解できる。EUがOEMに課しているCO₂罰金は「規制超過1グラムごとに95ユーロ(1万5675円)」×年間販売台数だ。少々古い「120グラム/km」という排出規制で考えると、これがBEVでは無条件に「0グラム/km」になるから、1台BEVを売るごとに120×95=11400ユーロ(約21万円)の罰金をセーブできることになる。これがBEVの罰金回避ポテンシャルである。

現在は2025〜27年の3年間平均で排出93.6グラム/kmがEU規制だ。BEV1台ごとの罰金回避ポテンシャルは120グラム/kmの時代より減っているが、そもそもCO2排出130グラム/kmのICE車がどれだけ規制値より突出しているかと言えば、規制が120グラムだった時代は10グラム超過だから罰金は950ユーロ(1台ごとに)、現在は36.4グラム超過だから3458ユーロ(約64万円)。罰金はものすごく重たい。

一方、調査会社などが弾き出した自動車1台の限界利益は平均8000ユーロ(148万円)である。大雑把な数字であり、高級車と普及車とでは絶対額が異なるが、ざっくり平均して8000ユーロである。これに相当する利益率をBEVに当てはめると1台当たり3000ユーロ(55万5000円)。しかしこれでは売れないので、小売価格の設定を下げ、同時に値引きする。その合計額は約4000ユーロ(74万円)であり、これはBEVの限界利益3000ユーロを超過している。だからBEV販売1台ごとに1000ユーロ(18万5000円)の赤字になる。

しかし、OEMにしてみればCO₂罰金を支払うよりもBEVを赤字販売するほうが損失は少ない。ICE車1台の利益8000ユーロを失い、しかもBEVを1台1000ユーロの赤字で売り、合計9000ユーロ(166万5000円)の機会損失になったとしても、ICE車を1台売った場合のCO₂罰金が11400ユーロ(210万9000円)なら、差し引きでBEVを売るほうがいい。ペナルティ回避価値がBEV赤字販売での損失を上回るなら、そのほうが合理的だ。在欧OEMはそう考えた。

欧州製電池を高コストにする構造要因

「ICE車からBEVへの切り替えを素早く実施すれば、いずれBEVは黒字になる」と、EUは在欧OEMをこの方向へと仕向けた。しかし、まったくの誤算は電池セル調達だった。冒頭に示したように、欧州製電池セルは中国製より56%も割高だった。しかも、ここには新規に立ち上げた電池工場の建設費と生産設備の減価償却費は含まれていない。これから上乗せされる。

欧州製電池が中国製より高い理由は、おもに以下の5点だと推測される。

  • 電力など水道光熱費が割高
  • 人件費が高い
  • 工場稼働率が低く1セルあたり固定費が重くなる
  • 正極材、負極材、精製原料から製造装置まで中国依存度が相変わらず高く、これらはすべて輸入品になる
  • 中国・韓国企業のように薄利多売を覚悟で量のビジネスへと割り切れず、電池セル単価に欧州企業として常識的な利益率を上乗せする

とくに最後の利益率は、電池という工業製品に対するアジアと欧州の感覚の違いだ。韓国のLGケムも日本のパナソニックも、車載向け電池セル事業を単年度黒字に乗せるまで10年以上かかった。工場の稼働率を高くし、不良率を限界まで抑え込み、その上で薄利多売する。これが電池事業である。

ノースボルトとBMWの納入価格交渉の経緯を聞いたことがある。BMW側は「とにかく安定供給してほしい」と考え、多少の割高は呑んだ。しかし、供給されなかったためBMWは中国に頼り、ここではプレミアムを支払って電池を入手しなければならなかった。

「儲からないBEV」は、いまだに解消されていない。

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