語り合うのはこの2人!
先頭ゴールは叶わずも、インパクト大のファンバイク!

──YSR。どこを切ってもヤマハらしい、ライトなノリのスポーツミニですね。ヤマハが作ると単車はこんなにも明るくなる! という。
津田:いいよね、ヤマハ。じゃあホンダが作ると?
──やっぱり生真面目で背筋が伸びていて、メカニズムへの本気魂が見え隠れするような。性能はいいし壊れにくいし、優等生。
津田:スズキが作ると?
──基本的にマジメなんだけど、本気パンチと流しパンチの開きにビックリする時がある。メカに対してはここ一番で異常に凝ったりするから、そこがマニアの好感度を強く刺激。そしてたまに、ナイスなヒットチューンを飛ばす!
津田:総合すると、ユーはスズキ党だね。
──はい。過去、手許にスズキ車を切らしたことがありません(笑)
津田:さて今回はミニレプリカのYSRだ。12インチスポーツの初陣モデル! 直接ライバルはホンダNSRとスズキGAGの2台。


──AR大好きな津田さん、カワサキはスルーですか……。YSRのデビューは1986年。バブル狂騒がスタートし、いろいろがワサワサしていて、二輪業界も徐々にヒートアップしていく矢先でしたね。あ、カワサキにはKS‐Ⅰ/Ⅱがあった。
津田:YSRのベースはミニトレのGT50にルーツがあるんだ。そのミニトレの車体にRX50という原付アメリカンモデルに採用されていたエンジンを搭載。ピストンリードバルブの空冷2ストローク単気筒エンジンは7馬力を発揮し、ミッションは5速。なぜか、併売していたRZ50用の水冷エンジン+6速ミッションは転用されなかった。
──そっちのほうがスポーティだったのに?
津田:フルカウルが機関部分を覆っていたからあまり目にすることがなかったと思うけど、この2ストエンジンは深いフィンが彫られた〝いかにも空冷〟なルックスだった。
──そうなんですよね。外装がレーシーなだけに、カウルをはぐと意外に古くさくてビックリする。
津田:でもマフラーのフランジはこのころからボルト留めになったんだよね。細部はかなりモダナイズされていた。メカも過渡期だったのかな。
──なるほど。
津田:スズキが10インチタイヤでポップなGAGを送り込んできた一方で、ヤマハはスポーティなYSRを発売。その後ホンダはガチンコ勝負で走行性能を磨き上げたNSRを発表した。3車3様の個性で新マーケットを確立した……はずだったけど、これほどまでにかみ合っていない同類バトルも珍しいよね。
──そう考えるとヤマハにとってはRZ50の水冷エンジンを盛り込まなかったことに当時、後悔があったでしょうねえ。前半はバカ売れだったでしょうが、後半はNSRに攻め込まれていましたから。


▲キャッチフレーズは「ルーキーにして、ヒーロー」。YSRを走らせれば街もレーサー気分で駆け抜けられるし、友だちもライバルも一気に増えるよ……と謳っている。ひとりでカッコつけて走ることが普通な令和2年現在、このノリがめちゃくちゃ懐かしくて、羨ましい! バイクってみんなで楽しむ乗り物だったよなあ、と遠くを見てみる。クソがつくほど真面目なNSR50/80の出現でセールスを伸ばしきれなかったYSRだけど、そのキャッチーさに乾杯!
津田:そりゃ、あったでしょう。「走りはNSRが上」なんて雑誌などで触れ込まれてセールスも後半、右肩下がりだったから。しかし……それでもやっぱり最初に仕掛けたパイオニアがいちばん偉い!
──最初はGAGですよね?(笑)。ところで50ccモデルと80ccモデルはどんな違いがあったんですか?
津田:これがけっこう違うのよ。結論を先に言っちゃうと、3万円の価格差をおぎなって余りあるほど80は充実していた。フロントフォークは両バネだったし(50は片バネ)、車体フレームも剛性アップのためにダウンチューブが追加されてダブルクレードルに。エンジンマウントもラバーに変更されていた。さらには憧れアイテムであるタコメーターも標準装備されているという……。
──それはちょっと、差別化しすぎかも(笑)

津田:原付免許ホルダーと中型免許ホルダーの間に横たわる、ヒエラルキー上位と下位の違いをまざまざと見せつけた3万円差だったな。
──ま、細かいことはいいんじゃないですか? なんせ最初からゴロワーズカラーが標準なんですから!
津田:ファラウェーブルーね。それにしても、ゴロワーズの煙草はめちゃくちゃマズかったんだよな……。

