AIディファインドビークル実現のための開発基盤が「日産 スケーラブル オープン ソフトウェア プラットフォーム」
自動車産業はいま、車両の価値の多くがソフトウェアによって決まる大変革期に足を踏み入れようとしている。走行性能やデザインといった要素だけでなく、購入後もアップデートによって機能が増えたり性能が上がったりする「ソフトウェア・ディファインド・ビークル(SDV)」へと、各社の開発競争の軸が移りつつあるのだ。
日産が掲げるのは、その先にある「AIディファインドビークル(AIDV)」の実現だ。AIを活用して車両の知能化を進めるものだが、日産ではこれを大きく3つの技術を統合して実現する。まずは、自動運転など走行知能に関わる「AIドライブ」。続いて、ユーザーの操作履歴や好みを学習して車内・移動体験を豊かにする「AIパートナー」。そして、これらの価値を高速に実装・改善するための「AIソフトウェア開発」である。

基盤となる「日産スケーラブル オープン ソフトウェア プラットフォーム」の3層構造
AIDVの開発で鍵となるのが、「Nissan Scalable Open Software Platform(日産スケーラブル オープン ソフトウェア プラットフォーム)」だ。このプラットフォームは主に3つの構成要素から成る。

第1が、車両に搭載される「Nissan Scalable Open OS(日産スケーラブル オープン OS)」だ。このOSには「ビークルAPI」が実装され、APIを通じて車両のさまざまな制御を実現する。車両制御の複雑性をアプリ開発から切り離し、機能開発速度を上げることが狙いだ。
第2が、クラウド上のデータ基盤「Nissan Scalable Open Data(日産スケーラブル オープン データ)」。車両から収集したデータをクラウドで一元的に管理し、ソフトウェア開発や機能の高度化に活用する。これがAIドライブやAIパートナーの学習基盤になる。
第3が、開発者が新しい機能をつくるための開発キット「Nissan Scalable Open SDK(日産スケーラブル オープン SDK。SDKとは開発キットのこと)」。日産の各地域の技術者はもちろん、サードパーティの開発者が、デザイン・開発・テスト・バーチャルECUといったツール群を使って新しいアプリケーションを開発できる。
完成した機能は、OTA(無線通信によるソフト更新)で車両へ配信される。これにより、車両データの収集 → クラウドでの管理 → SDKによる開発 → OTAによる配信、という一連のサイクルが回る仕組みが構築されるというわけだ。
「1カ月以上」を「数時間」へ!? AIネイティブな開発プロセス
ここからは、日産が導入するAIを活用した新しいソフトウェア開発プロセスを見ていこう。
自動車におけるソフトウェア開発は、要件定義からシステム設計、コード実装、ビルド、テスト、コミットへと進む「V字(Vサイクル)型」が主流だ。下の図の一番右を参照いただきたいが、工程をVの字で表したもので、左側の下降部分が要件定義や設計といったプロセス、右側の上昇部分がテストや検証といったプロセスとなる。

このやり方は確実だが、時間がかかるのが難点。その背景には、1機能の追加に膨大なインターフェース設計が必要なこと、ソフト間の依存関係を理解したテストシナリオ作成に時間がかかること、不具合の再現・切り分けに多くの関係部署とのやり取り(長いフィードバックループ)が生じることなど、自動車用ソフト特有の複雑さがあった。

これに対して日産が目指すのは、要件定義・アーキテクチャ定義・実装・テストといった各工程にAIを組み込んだ「AI中心型(AIネイティブ)」の開発プロセスだ。新たなフローでは、要件定義の段階で自然言語のプロンプトを用いて、AIが従来要件との差分を理解したうえで必要なアーキテクチャやコードの変更を提案・実行してくれるという。
注目すべきは、AIを単なるコード生成ツールとして扱っていないこと。仕様書からテストシナリオを作る、各工程の設計・実装・評価を支援するなど、開発プロセス全体にAIを入れる構想になっている。



例えば、「ドアを開けたらハザードを光らせて」といったふつうの言葉で指示を出すと、AIが必要な設計やプログラムの変更案をつくってくれる。ユーザーにとって本当に必要な機能なのか、そして安全性は担保されているのかといった判断は人間が担い、手間のかかる実装や確認作業はAIを活用することで大幅なスピードアップを図るという仕組みだ。
そして、テスト工程では実際のクルマに搭載する前に、コンピューター上に再現した“仮想のクルマ”でソフトを試す。これをSIL(シル:Software-in-the-Loop)環境と呼ぶ。 本物の車両を使わずに何度も試せるので、早い段階で不具合に気づくことができる。こうした開発・テストの土台には、アマゾンのクラウドサービス「AWS」が使われている。
こうした取り組みにより、これまで1カ月以上かかっていた開発サイクルを数時間まで、変更内容が小さい場合は数分まで短縮することを目指す。
日産では、こうした次世代向けの車載ソフトウェア環境および、そのソフトウェアを開発するための環境の開発を、アプライド・インテュイション(Applied Intuition)社と共同で行なう意向だ。単なる技術の丸投げに終わることなく、同社のアセットを活用しながら日産が自社内に開発環境を構築して、ソフトウェア開発の文化を根付かせることも目的としているという。

AWS Summit JapanでSDVソフトウェア開発のデモを実施
日産は6月25日(木)・26日(金)に幕張メッセで開かれる「AWS Summit Japan」に出展し、リーフを題材としてこのプラットフォームを使ったSDV向けソフト開発のデモンストレーションを行なった。AWS Summit Japanは日本最大級のクラウドおよびAI技術に関するカンファレンスイベントである。

デモンストレーションではまず、機能を追加する前の状態として、リーフのドアを開けてもハザードランプが光らないことを確認。次に来場者へ「ドアを開けたとき、ハザードを何回光らせたい?」と質問し、その場で点灯回数を決めてもらった。そして、その希望をもとに開発者がバックエンドで新しい機能をつくり、OTAでリーフに送り込む。最後にもう一度ドアを開けてみたところ、今度はリクエストどおりの回数だけハザードが点灯した…という具合だ。 その間、わずか10分弱という早業には驚かされた。

新しい開発の土台が「AWS (Amazon Web Services) 」というクラウド上に築かれているのもポイント。日産は日本のほか、欧州や北米など世界各地に開発拠点を持つ。SDV開発が広がれば、関わる開発者も地域も増えていく。地域ごとに開発ツールやテスト条件がバラバラだと、スピードも品質も落ちてしまう。
AWSを用いれば、世界中の開発者が同じクラウド環境で作業を行なえる。共通の土台を使いながら、地域ごとに必要な機能も柔軟に開発できるのも、日産スケーラブル オープン ソフトウェア プラットフォームの強みだ。
2026年度からSDVプラットフォームを導入開始、AIドライブは2027年から
日産はこの新しい開発の土台を2026年度から本格的に使い始め、段階的に進化させていく方針だ。その象徴となるのが、2027年度(FY27)からの導入開始を予定する 「AIドライブ」である。

その中核となる次世代プロパイロットは、市街地など複雑な交通環境を含む一般道で熟練ドライバーのような運転を可能にする技術として開発が進んでいる。2025年9月に開発試作車の運転能力が公開されており、2027年度に国内市販車への搭載が予定されている。これらの機能を支える基盤として、AWSと連携して構築したプラットフォーム上でAI開発環境をさらに強化していく考えだ。
ここで効いてくるのが、3つの構成要素のうちのデータ基盤「日産スケーラブル オープン データ」だ。走行中のクルマがカメラやセンサー、位置情報から得た膨大なデータの中から必要なものを選んでクラウドへ送り、AIの学習に使う。賢くなったソフトを十分に検証したうえで、再びOTAでクルマへ配信する。この「データを集めて、学習し、クルマへ戻す」という循環を回し続けることで、AIが少しずつ“運転上手”になっていく。クルマが進化し続けるという冒頭の話は、こうしたデータの流れによって支えられているわけだ。

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