歴史 日産「フェアレディ1600」がオーストラリアのロスマン12時間レースでクラス優勝した67年【今日は何の日?9月5日】【写真・12枚目】 日産「フェアレディ1600」ロスマンレース優勝 日産「フェアレディ1600」がロスマン12時間レースでクラス優勝(1967年9月5日発表) 日産「フェアレディ1600」がロスマン12時間レースでクラス優勝(1967年9月5日発表) 1960年1月にデビューした「ダットサン・フェアレデー1200(SPL212)」、海外専用ながら初めてフェアレディを名乗る 1960年1月にデビューした「ダットサン・フェアレデー1200(SPL212)」、海外専用ながら初めてフェアレディを名乗る 1962年10月にデビューした国内初の本格的なスポーツカー「フェアレディ1500」 1965年5月にデビューした「フェアレディ1600」 1965年5月にデビューした「フェアレディ1600」 ロスマン12時間レースで激走する「フェアレディ1600」 1967年9月にデビューしたフェアレディシリーズの最高峰「ダットサン・フェアレディ2000」 1967年9月にデビューしたフェアレディシリーズの最高峰「ダットサン・フェアレディ2000」 1969年10月にデビューし、大ヒットした日産初代S30型「フェアレディZ」 ダットサンフェアレディ SPL213:ダットサンフェアレディ(SPL212 型)は1960年1 月から北米輸出専用車として発売され、小型スポーツカーとして自動車先進国アメリカで一定の評価を獲得した。同年10 月にSPL213 型へとマイナーチェンジを受け、従来と同じ1189cc エンジンながら圧縮比を7.5 から8.2に変更するなどで48psから55psへパワーアップされた。これらダットサンフェアレディシリーズの生産台数はSPL212・213型合計でも500 台程度だったため、現存する車両は貴重だ。画像のクルマは大きな曲線を描くモールで分割された赤と白のツートーンカラーがおしゃれなSPL213 型で、Lは左ハンドル(left-hand drive)を示す記号 ダットサンフェアレディ1500 第1回日本グランプリ B-IIカテゴリー優勝車:1961年の第8 回東京モーターショーで発表、翌年に発売されたのがダットサンフェアレディ1500(SP310型)。型式名のとおりダットサンブルーバード310 型のシャシーへセドリック30型の1.5Lエンジンを積んだ新型スポーツカーで、それまでにない本格高性能車として話題になった。1963年には「ホンダS500」も発売され、日産がスポーツカーの先鞭をつけた日本でも、ようやくスポーツカー黄金期が始まりつつあった。画像のクルマは1963年、日本初の本格モータースポーツイベント「第1回日本グランプリ」のB-IIカテゴリーで、のちのSCCN(日産スポーツカークラブ)会長の田原源一郎氏のドライブで優勝した実車。日本仕様の71psエンジンから、輸出向けツインキャブ仕様の80psへ出力向上していた 1966年第3回日本GPのグランドツーリングカーレースで優勝を飾った高橋国光選手のフェアレディ1600 1966年第3回日本GPのグランドツーリングカーレースで優勝を飾った高橋国光選手 1966年第3回日本GP グランドツーリングカーレース。優勝は高橋国光選手のSP311日産フェアレディ 1966年第3回日本GP グランドツーリングカーレースのエントリー全車 都平健二選手のフェアレディ2000が優勝した1968年日本GPのGTレース この画像の記事を読む