モーターファン・イラストレーテッド vol.178は、「よくわかるバッテリー」特集

本当に”電気自動車こそエコ”なのか。

EVは本当に“エコ”なのだろうか。モーターファン・イラストレーテッド Vol.178の特集「よくわかるバッテリー」では、EVのカギを握る最大の要素となるバッテリーにまつわる技術について、“そもそも”の基礎部分から読み解いていくことを目指した。基本的に今回の取材ではEVに対しフラットな姿勢を心がけたのだが、電気が絡む技術ゆえの明快な事実を通して見えてきたのは、EVシフトの前途に立ちはだかる壁の存在だった。

TEXT:髙橋一平(Ippey TAKAHASHI) PHOTO:picjumbo

リチウムイオンバッテリーの技術により飛躍的にエネルギー密度が向上したことで、EVは内燃エンジン車と同等の航続距離を得るに至った。とはいえそれも見方を変えれば、キャビン部分のフロア下をすべてバッテリーで覆い尽くし、ようやく手が届いたに過ぎない。“エコ”という代名詞を掲げるEVにおいて、走行エネルギーの多くが巨大なバッテリーの“運搬”に費やされている事実は、矛盾と断じるのが難しいとしても、違和感を抱くに充分なのは確か。マツダMX-30やホンダeなど、ここにきてバッテリー搭載量をあえて適量に抑える動きが顕れているのも、この“事実”を鑑みた結果のひとつだ。

現在のEVに必要とされる巨大なバッテリーは、車両価格のかなりの部分を占めるまでに高価であるにもかかわらず、寿命は良くて10年。“生モノ”であるがゆえに使わずとも劣化が進む。コストに占める原料コストの高さから、コストダウンを人件費削減に頼らざるを得ないということも問題だ。これは電池製造が日本から流出していった原因のひとつでもあるが、いまやバッテリー製造で世界の中心的立場にまで上り詰めた中国において、奴隷的な超低コスト労働を後押しする一因にもなっている可能性も見逃せない。

近年、国連での採択に基づくSDG’sなるキーワードが、“エコ”と同義語であるかのような誤解を伴いながら社会で囁かれているが、じつは「持続可能な開発目標」とされるこのSDG’s、目標は“セクシー”なエネルギーやプラスチックの削減だけでなく、「低コスト人材(または国家、地域)の焼畑農業的な使い捨てはやめよう」という内容も含まれている。たいへん高尚で立派な目標ではあるが、ここまで聞くと夢物語の“キレイごと”にしか思えなくなってくる。だからこそ“エコ”な部分を強調せざるを得ないのだろう。

SDG’s が“キレイごと”であるか否かの検証は、技術寄りの本誌の役目ではないので他に任せるが、EVシフトによって生まれる莫大なバッテリー需要が国際的政治も巻き込むほどの大きな問題を引き起こしていることは紛れもない事実であるし、そういう意味で現在のバッテリー技術は、車載用としてはまだ未成熟であると言わざるを得ない。EVの本格的かつ健全で持続的な普及には、さらなる小型化のためのエネルギー密度向上などといったブレイクスルーが必要不可欠。バッテリーの小型化が進めば、そこに使われる原料も少なくなり、問題は解決へと向かうはずだ。

しかし、製造コストの問題を乗り越えたとしても、その先には充電の問題が待っている。仮にEVの急速充電が10分で可能になったとすると、そこではじつに2000軒分もの家庭の電力が必要となる(10分あたりの使用量。1日あたりを12〜13kWhとして計算)。ちなみに現在、すでに存在している150kWの急速充電器でも600軒分以上。すべてのEVが一斉に急速充電することもないわけだが、EVが本格的に普及するということは、これだけの規模の変動が電力グリッドに降りかかるということも忘れてはならない。

しかも、これだけの短時間の急速充電となれば、電流は莫大なレベルに達することとなり、充電ケーブルで発生するジュール熱により数割もの損失が生じることになる(冷却により熱に変わったエネルギーは大気中に捨てられてしまう)。

仮に、いま世間で言われているようにEVが自家用車の半数以上に普及したとすれば、急速充電が禁止される可能性も充分にあるはずだ。邪推かもしれないが、ともすると急速充電はEVを魅力的なものに見せるための“デコイ”かもしれない。

現実的に考えられる解決策のひとつが、一般的な成人がひとりでなんとか持ち上げられる程度までバッテリーを小型化、乾電池のように交換可能にすることだ。1本で100〜200km程度走行できるバッテリーパックを数本搭載可能なスロットを複数備え、必要に応じた本数の充電済みバッテリーパックを“チャージステーション”で受け取って車両に差し込んで使う……チャージステーションでは大量の規格品バッテリーを時間をかけて充電しながら使い回す……そこにソーラーや風力発電施設があれば……これなら“生モノ”のバッテリーを個人で所有する必要もなくなる。もちろん、これも飛躍的なエネルギー密度向上が実現すればの話である。

果たしてEVシフトを民主的に選択していくのに充分なだけの情報は行き届いているのか……疑問である。

以上は、Vol.178「よくわかるバッテリー」特集の導入部分だ。なかでも10分の急速充電で必要とされる電力量が一般家庭2000軒分にも相当するというところは、導入部の一部として“軽く流した”ものの、かなりセンセーショナルな内容ではないだろうか。この部分は筆者の計算に基づくもので、内燃エンジン車なみの航続距離を持つEVのバッテリー(計算では100kWhほどを想定)を、10分程度で80%まで充電することのできる超高出力の急速充電器と、それだけの大電力を受け入れてもなお車載バッテリーの温度を適正に保つことのできる、バッテリーマネージメントシステムという、将来の技術を想定した試算だ。

じつはこの部分については、入稿後の校正時に読み直したところ、自分自身の計算に基づいているにもかかわらず、数字の“字面”があまりに強烈だったことから何度も検算を繰り返したという経緯がある。

ここまで聞くと、そんなバカげた話を誰が考えているのか、と思うかもしれないが、現在30分ほどとされる急速充電の時間を10分程度に短縮、すでに100kWh近いところまできているバッテリーの大容量化にも対応していくということについては、実際に多くのメーカーが現在進行形で技術開発に取り組み、現実的な目標として広く公言もしているところだ。

実際に、欧州の急速充電規格であるCCS2(COMBO)では350kW、日本のCHAdeMOでは400kWもの出力への対応が仕様としてすでに盛り込まれている。100kWhの容量を持つバッテリーの80%、つまり80kWhを十数分ほどで充電することができるこれらの数字は、損失を考慮しない単純計算でも一般家庭700〜800軒分に相当。キロボルト(kV)級の大電圧に対応していたとしても、200kWを超える大出力の急速充電には水冷式の充電ケーブルが必要不可欠であり、この部分だけでも数割もの損失が避けられないうえ、急速充電器に供給される交流から、バッテリーの充電に必要な直流への変換などの損失があるため、急速充電器の出力数値がそのまま消費電力とはならない。さきほどの2000軒分という数字は損失を最大限に見積もった場合の係数を乗じた結果だが、損失を最小側で捉えてしたとしても少なくとも“ゼロが三つ増える”ことに変わりはないのだ。

もちろん、EVの充電は“自宅充電設備でゆっくり”が基本であり(本誌P068〜CHAdeMOの項で解説)、またそのように使うことがバッテリーにとっても“優しい”(本誌P038〜の基礎講座の項で解説)わけだが、それでもEV比率が増え、EVだけしか所有しない世帯が増えれば、EVの長距離移動にともなう急速充電器の使用も増えるだろう。しかしそれが、前述のような大出力のものとなった場合は電力グリッドに多大な変動として降りかかるはずである。“デコイ”という表現が大袈裟だとしても、地域ごとに同時に使用できる台数が制限される可能性は充分にあると思う。いざ急速充電器を使用しようとしても“しばらくお待ちください”という表示が出て待機状態になる、もしくは出力が大幅に抑えられるなど、ネットワークで急速充電器を包括的に管理するようなシステムさえ構築すれば、どちらも容易に可能なはずなのだ。

「よくわかるバッテリー」特集では、ほかにもリチウムイオンバッテリーの原理や、劣化のメカニズムなどに加え、次世代技術として期待を集める全固体電池についても解説。じつは、リチウムイオンバッテリーの一形態である全固体電池の最新事情についても、おそらく最先端といって良いであろう東京工業大学・一杉教授の研究を取り上げている。半導体技術に多少ではあるものの馴染みのある筆者としては、この全固体電池の性能向上において、現在の半導体プロセスで常識とされている“あの”技術が応用されているということが非常に印象的だった。

世間では“自動車をつまらなくするもの”として扱われる感のある電動技術だが、筆者も含めMFiでは電動技術であっても、そこに汗水流して開発を進めるエンジニアや研究者たちがいる以上、技術としての面白みや楽しさも必ず存在するという考えで取材に取り組んでいる。今特集では、バッテリーやEVについて乗り越えるべき要因が数多く存在する現状が炙り出される結果にもなったが、それを踏まえ自動車技術は今後どのように進んでいくべきなのか……バッテリーに対する身近な疑問から、電力やリサイクル、さらには政治的な事情まで、バッテリーとEVを取り巻く要素を包括的に扱ったVol.178を手にとってぜひ考えていただきたい。

モーターファンイラストレーテッドvol.178

【図解特集:よくわかるバッテリー】


[Introduction]
本当に“電気自動車こそエコ”なのか 
現在の発電事情から考えるWtB=ウェル・トゥ・バッテリー

[Basic]
バッテリーシステム 役割とその機能
電気のエキスパートに訊く・バッテリーのギモン解決

[Case Study]駆動用2次電池の現在
01 東芝の独自路線「SCiB」
02 日産 ノートe-POWER
03 ホンダ Honda e
04 マツダ MX-30 EV MODEL
05 三菱 エクリプスクロスPHEV

[Latest News]
海外各社の最新バッテリー戦略

[Column①]
巻線界磁モーターは電動車の主流となるのか

[Future Tech]世界が変わるバッテリーの将来技術
全固体電池というインパクト[東京工業大学]
NEDO革新的2次電池開発[NEDO]
CHAdeMO規格の進化[CHAdeMO]
バッテリーの資源リサイクル

[Column②]
超小型BEVに見るバッテリーパッケージング

[Epilogue]
マージナル電源という概念 畑村耕一博士

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著者プロフィール

野﨑 博史 近影

野﨑 博史

1972年長崎県生まれ。大学卒業後、株式会社三栄書房入社。チューニングカー雑誌OPTION編集部に配属。途中…