【火曜カーデザイン特集】韓国の刺客 ヒョンデ・アイオニック5のデザインを見た!

ヒョンデ・アイオニック5 “違和感を楽しむ!?”

まさに、彗星のごとくといっていいかもしれないが、突然現れたヒョンデのアイオニック5。気がつけば、欧米では想像以上の高い評価。果たして、アイオニック5とはどんなクルマなのか、デザインの側面から見てみよう。

ヒョンデは全く新しい電気自動車メーカーとして再登場

日本名ヒュンダイ改め、ヒョンデと日本語表記された同社。元々、海外のショーを取材に行くと日本でのヒュンダイという呼び方との相違には、違和感があっただけにやっとワールドワイドな統一が図られたのだと思う。継続して用いられるHYUNDAIの読み方が各国で異なるので、これまではその国なりの呼び方でいいのでは、といった配慮からのものであったようだ。

日本から撤退して長らく経過し、ほとんどHYUNDAIの名前は一般に知られなくなったが、それが功を奏する・・・というとちょっとおかしな言い方だが、呼び方も変えたことで新しいメーカーとしての参入というスタイルさえもとることができた。突然、異質な存在として日本に現れたテスラのように、BEV(バッテリーEV)のアイオニック5、FCEV(燃料電池車)のネッソといった排気ガスを全く出さない電動モーターのみのブランドとして、日本に再デビューを図ったことになる。もはや、ヨン様のソナタなどを引き合いに出すのとは、違う時代に入っているようだ。

ヒョンデ・ネッソ 2018年に発表された燃料電池専用モデル。SUVスタイルながら流麗なボディデザインを持つ。

日本に同時に入ってきた2台だが、ネッソの方の発表は2018年の北米ラスベガスで開催されたCES2018。同時期のデトロイトショーではなく、コンシューマー・エレクトロニクス・ショーを選んだ。デザインとしては「自然界」を大きく意識し水の流れに風化される石などから表現されたボディ造形や、アースカラーからインスピレーションを得たボディカラーなどを採用。SUVらしからぬ低いグリルや細いデイライトをメインに造形されたフェイス、そしてウイング状にボディとの隙間を持って整流効果を持たせたリヤピラーなどアイデアも豊富で、自然界に通じるソフトさを持ちながらも、コンセプトカーが飛び出してきたような斬新な印象を抱かせた。

ネッソとは全く異なるデザイン手法のアイオニック5

そして最新となるのがアイオニック5だ。こちらの登場は2021年とネッソ発表の3年後、昨年がワールドプレミアと新しい。ただ時期的に新しいだけではなく、デザインそのものがネッソとも大きく変わっている。このベースとなったのは2019年のフランクフルトモーターショーに登場した45 EVコンセプトというモデルだ。このモデルは、まさにアイオニック5そのものと言えるほどもの。この45とは45年を示し、ヒョンデがノックダウンの生産から脱して初めて独自モデル、ポニーを発表した年からの年月を表していた。ポニーは1974年にトリノモーターショーで発表された。ヒョンデにとって45EVコンセプトは、同社の集大成ともいえるモデルなのだ。

そして45EVコンセプトやアイオニック5が見せるように、これまでと大きく方向性を変換できたのは、初代ポニーがイタルデザイン・ジウジアーロによるものだったからだという面もあるだろう。改めてポニーを見てみると、その合理的なスタイルは70年代前半の初代ゴルフを始めとしたジウジアーロ作品に共通する。そして74年のトリノにはポニーの5ドアハッチバックの量産モデルと一緒に、クーペのコンセプトモデルも展示された。こちらのモデルのスピリッツを深く受け継いだのが45EVコンセプトであり、量産モデルとなるアイオニック5へと繋がっている。デザイナーにとって、45年の歳月を経てジウジアーロに続くことは、この上のないやりがいのある仕事だっただろう。当然ながら、その成果がアイオニック5には存分に感じられる。

ヒョンデ・ポニー イタルデザイン・ジウジアーロの作品

ポニークーペコンセプトなど、70年代初頭に生み出されたジウジアーロ作品は、直線基調に富み新しい形や価値を生み出すことと同時にプロダクト全体としての生産性の高さにも意を注いだ。ポニーも一連のその流れの中にあり、クーペコンセプトはその中でもAssoシリーズの1台とされていた。

切られた3+1枚のトランプ

ヒョンデ・ポニークーペ エースシリーズの第2弾となっていたが、正式にはポニークーペコンセプトを名乗った。このモデルを起点でアイオニック5は誕生した。その後、いすゞ・ピアッツァのコンセプトモデルがAsso di Fioriを名乗る。

このAssoとはトランプのエースを示すイタリア語読み。トランプにはスペード、ハート、ダイヤ、クラブとあるが、イタルデザイン・ジウジアーロは3枚のカードを用意した。73年にはアウディに80をベースとしたAsso di Picche (スペード)、そして74年にはヒョンデにポニーをベースとしたAsso di Fiori(クラブ)、76年にはBMWに3シリーズをベースとしたAsso di Quadori(ダイヤ)だ。あれっと思うのは、実際にはFioriを名乗ったのは、いすゞピアッツァに続くコンセプトモデルだったはず。

ポニーは74年の発表時点でクーペの生産モデルを作ることを宣言したので、当初のFioriの名前は名乗らなかったのだという。結果的にクーペは登場しなかったが、実はイタルデザインではその時の裏話を公表しており、トリノショーの前日にヒョンデから名前を「ポニークーペ」にして欲しい旨を伝えられたという。しかし、イタルデザインのプレスリリースはすでに作成されており、現地ではAsso di FioriとPnoy Coupeの名前が混在していたのだという。その5年後いすゞがジェミニベースでAsso di Fioriを名乗ることとなった時に、日本のジャーナリストの一部は冗談だろうと思っていたのだ・・・というところまで記されている。さらに噂では、ハートのAsso di Cuoriも開発予定だったようだ。実現はしなかったがおそらくは表に出ていないだけで、どこかで開発はされていたように思う。あるいは、ピアッツァはAsso di Cuoriを名乗る予定だったのかもしれない。

これらエースシリーズは、年月を経て開発され続け、最後の79年に発表されたピアッツァのベースとなったAsso di Fioriに至り柔らかな面を纏っていくようになるのだが、直線を基調としたファストバックスタイルのクーペであることには変わらない。そして全体を通しては一連の共通点を持っているように思う。それは小さなサイズながら、後席など室内空間に十分な広さを与えていることだ。そのために、ルーフを長くしながらもスタイリッシュさを保つことが一連の命題だったのだろう。そのために、前後のオーバーハングを持ち上げるなどの禁じ手とも言えるような手法までも試しながら、細く切れ長のシルエットを実現させている。

ポニークーペの求めた世界観を45年の歳月を経てコンセプトに

ポニークーペも、まさにその狙いとスタイリングが用いられている。ハッチバックに見えるスタイリングだが、実際にはテールエンドのみが開くワゴン的なモデル。当時のジウジアーロ作品は、請け負ったメーカーに関係なく彼の頭の中にある共通性を強烈に表現されていたのが特徴。ポニークーペのスタイルはまさにエースシリーズそのものであると同時に、量産型ポニーの先にあるものとしての存在感を強く漂わせていた。

そしてアイオニック5につながる45EVコンセプトにもその考え方は継承された、と考えていいのではないだろうか。直線基調のボディスタイルに室内空間を最大限に考えられたパッケージ。そこに、当時では思いもつかなかったEVというパワートレインと床下のバッテリーという組み合わせは、ポニークーペのデザイン手法とうまくシンクロしたと思える。フロアを高くすることで大きなキャビンを持ちながらも、スタイリッシュなフォルムを生むことに成功したのだ。

キュビズム的表現が新たな存在感を生んだ

ヒョンデ・アイオニック5 キュビズムをイメージさせる造形などこれまでにない手法が採られている。コンパクトな2ボックスに見えるが、タイヤサイズは19インチ。3サイズはL4635×W1890×H1645mm、ホイールベースは3000mmとかなり大きい。

特に面白いのは、直線基調というスタイルを2つの手法で表現しているところにあると思う。一つには大胆なまでの直線を用いられたのは、キュビズム的表現によるところが大きいだろう。キュビズムとは、20世紀初頭に、ものを複数の角度から幾何学的面に分解する表現手法。主に絵画で特徴づけられ、ピカソやブラックなどが有名だ。単一視点から、その反対側までをも見せるような表現によって、物や人そのものだけでなくそのものの持つ本質を表現する点にもある。この手法を用いるために、細かく分割された立方体の集まりのように表現することがあり、キューブの集合体という表現からキュビズムという名前がつけられたという。

45EVコンセプトでは、トライアングルの起点にリヤビューカメラが装備される。

45EVコンセプト、アイオニック5ともにボディサイドを見ると、2つの直線が交わるトライアングル的な造形がみられるが、唐突だが何か立体を表現しているかのような陰影も見せる。これをテーマとして、こうした直線が交差する表現は多く、全体としてこれまでに見たことがない造形を生み出している。強い直線をテーマにしながらも、どことなく安定感のあるボディとして収めているのは、この立体表現によるものかと思われる。

もちろん、クルマはアートではないので、キュビズム本来の持つ絵画の限界に対峙する怒りや悲しみなど伝えようとする手法、といった本質的な部分とは一切関係ないのだが、斬新なアイデアとしては面白いと思う。ただ、プジョー2008も若干その領域に足を踏み入れたのではないか? とも思ったりはするのだが・・・。

ところで、45EVコンセプトのボディサイドには、トライアングルの起点にはリヤサイドモニター用のカメラが仕込まれており、モニターを起点とした水面の上を船が航行してできる水の航跡のように表現されている。そう考えると、フロントでボンネット上とバンパーに流れるラインなども、優雅な流線のようにも感じてくる。毎日見ているうちに、ゆったりと航行するクルーザーのような穏やかなダイナミクスに気がつくようになる。そして、ホイールアーチのガーニッシュに入れられたラインも、水のしぶきようでもある。(実際には逆になるはずだが・・・)

実はナンバーは「わ」つまりレンタカー。今回はカーシェアリングのAnycaを利用してみた。ヒョンデのアイオニック5とネッソは誰でも利用することができる。

パラメトリックピクセルなどが表現する現実世界との違和感

またふたつめは、キュビズムの「立方体」というイメージがデザインテーマとなっているパラメトリックピクセルと結びつくのも、気の利いたアイデアだ。PCで表現される最小単位=ピクセルの集合体として灯体を表現することが、直線ともつながる上に異次元のCG的な表現にも繋がっている。とはいえ現代のCGはスーパーリアリティに昇華され、ヘッドライトにこんな直角の造形など見ることもない。と、一笑に付したいところだが、黎明期のCGの世界に繋がっている点が、このデザインのキーポイントになっているのだと思う。だから、異次元なのにどこか郷愁を感じる、昔のSF映画で見たような・・・という感覚が表現できていると感じた。これが同じ空気の中にあるという、現実世界との違和感のようなものを感じずにはいられないのだと思う。

パラメトリックピクセルの表現として、ヘッドライト周りに注目。小さな四角い集合体が造形される。ヘッドライト周りもそのイメージで小さなLEDの集合体。真四角なのがヒョンデのアイデンティティ。

一時期、韓国の国としての施策として、デザイナー志望の学生を海外の有名デザイン大学に積極的に留学させていた時期がある。北米ではアートセンター(カリフォルニア)、CCS(デトロイト)、欧州ではRCA(イギリス)、IED(イタリア)などなど、かつては多くの韓国人学生で溢れている時期があった。それらの学生が、自動車メーカーの開発現場で手腕を発揮してもおかしくない時期にも来ている。もちろん欧米からヘッドを選出することも極めて重要だが、そうしたネイティブの若いパワーを含め層の厚みが出て来ているのが、韓国デザインの「今」なのかもしれない。

日本仕様のウインカーは右。
シフトレバーはウインカーの下。レバーは上下操作
ではなく、回転式としている。膝などが当たって誤
動作させないためだろう。

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著者プロフィール

松永 大演 近影

松永 大演

他出版社の不採用票を手に、泣きながら三栄書房に駆け込む。重鎮だらけの「モーターファン」編集部で、ロ…