Q. バイクのメンテナンスを始めたいのですが、トルクレンチって買った方が良いですか?
投稿者:北海道 ノンダクレ熊飼さん
暑い日が続きますが、バイクのっていらっしゃいますか? ツーリングも楽しいけれどバイクをいたわる意味で「オイル交換くらいは自分でやってみようかな」と、工具をそろえ始める人も多いのではないでしょうか
そこで気になるのが、トルクレンチという存在だ。普通のラチェットレンチでもボルトは締められるし、安い工具でもない。「本当に必要なの?」「手の感覚で締めれば十分じゃない?」と思うのも無理はない。
でもチェンの答えは明快。
トルクレンチは、サンデーメカニックにこそ持っていてほしいマストアイテムだと思っています!
初心者ほど「手ルク」に頼らない方がいい!
ボルトやナットには、部品や取り付け場所ごとにメーカーが定めた締め付けトルクがある。弱過ぎれば緩みにつながり、強過ぎればねじ山を傷めたり、ボルトや部品を破損させたりするおそれがある。
作業に慣れたメカニックなら、ボルトの太さや材質、締め付けたときの感触からある程度の力加減をつかめることもある。でも、初心者がいきなり同じことをするのは難しい。
「これくらいかな?」と手の感覚だけで締める、通称“手ルク”では、締め過ぎてボルトをねじ切ることもあれば、反対に締め付け不足で緩んでしまうこともある。
そこで役立つのがトルクレンチだ。
設定したトルクに達すると、プリセット型なら「カチッ」という感触や音で知らせてくれる。デジタル式では、数値表示に加えて音やランプなどで知らせる製品もある。トルクレンチを正しく使えば、締め過ぎや締め不足のリスクを減らし、メーカー指定値を目安に作業できるのだ。
とくにエンジン周りやブレーキ、足周りなど、締め付け状態が安全性や部品の寿命に関わる場所では、勘だけに頼りたくない。
もちろん、トルクレンチを使えば絶対に失敗しないというわけではない。設定値を間違えたり、正しい位置を握っていなかったり、ねじや座面の状態が指定と異なっていたりすれば、狙った締め付け状態にならないこともある。
トルクレンチは“締めれば全部安心になる魔法の工具”ではなく、正しく使うことで作業の精度を高めるための測定工具なのだ。
どのトルクレンチを買えばいい?
チェンが使っているのは、東日製作所のプリセット型トルクレンチ。設定したトルクに達すると「カチッ」と知らせてくれる、扱いやすいタイプだ。
原付やミニバイクの整備では、10~70N・m程度をカバーする製品が1本あると、オイルドレンボルトやホイール周りなど、日常的な作業の多くに対応しやすい。
ただし、「10~70N・mの1本で、バイクのすべてを締められる」という意味ではない。小さなカバーボルトなどでは10N・m未満、車種や作業箇所によっては70N・mを超える指定値が使われる場合もある。
購入前に、まず自分が作業したい場所の指定トルクを確認し、その数値が製品の測定範囲に入っているかをチェックしよう。
また、トルクレンチは一般に、測定範囲の下限ギリギリや上限ギリギリばかりで使うより、使いたい数値がレンジの中ほどに入る製品を選ぶ方が扱いやすい。低トルク用と中・高トルク用の2本を使い分けるのも現実的だ。
差込角も要確認。手持ちのソケットが9.5mm角なのか12.7mm角なのかによって、組み合わせられる製品が変わる。アダプターを介すると全長や扱いやすさに影響するため、できれば普段使うソケットに合った差込角を選びたい。
「カチッ」は1回! 正しい所を持ってゆっくり締めよう
トルクレンチを手に入れたら、次は使い方だ。
最初に、サービスマニュアルやメーカー資料で締め付けトルクを確認し、トルクレンチの目盛りを正しく設定する。単位も要注意。現在はN・m表記が一般的だが、古い資料ではkgf・mやkgf・cmが使われていることもあるため、数字だけを見て設定しないようにしたい。
ボルトやナットは、最初からトルクレンチで回し始めるのではなく、まず手で数山ねじ込み、斜めに入っていないことを確認する。その後、必要に応じて通常の工具で仮締めし、最後の規定トルクまでの締め付けにトルクレンチを使う。
そして大切なのが握る位置。トルクレンチは、メーカーが指定したグリップ部分を持って力を加えることを前提に設計されている。極端に短く持ったり、グリップの端から外れた場所を握ったりすると、正確なトルクを検知できない場合がある。東日製作所も、トルクレンチは正しい位置で加力しなければ正確なトルクを検知できないと案内している。
グリップを持ったら、勢いを付けず、ゆっくり滑らかに力を加える。プリセット型なら「カチッ」と作動したところで、すぐに力を抜く。心配だからと、カチッ、カチッ、カチッ……。と何度も繰り返すのはNG。作動するたびに力が加わるため、結果的に締め過ぎる可能性がある。カチッは1回でOKだ。
トルクレンチは「緩める工具」ではない
ラチェット式のトルクレンチには回転方向を切り替えるレバーが付いているものもある。そのため、固く締まったボルトを緩める工具として使いたくなるが、基本的にトルクレンチは締め付け用だ。
東日製作所も、プリセット型は基本的に締め付け用であり、以前に締められたねじや、締め付けトルクが分からないねじ、固着している可能性のあるねじを緩める際には、緩め作業用の工具を使うよう案内している。
固いボルトを無理に緩めれば、トルクレンチの測定精度を損なうおそれもある。緩め作業には、普通のラチェットハンドルやスピンナーハンドルなどを使い分けよう。
同じ設定値でも、汚れやグリスで締まり方が変わる!
ここからは、少しだけ踏み込んだ話。
トルクレンチが管理しているのは、ボルトを回転させる力である「締め付けトルク」だ。でも、本当に部品同士を押さえ付けているのは、締め付けによって伸びたボルトが元へ戻ろうとする力。これを「軸力」という。
締め付けトルクのすべてが軸力になるわけではなく、その多くはねじ部や座面の摩擦に使われる。そのため、同じトルクで締めても、ねじの汚れや潤滑状態などによって得られる軸力は変化する。東日製作所の技術資料でも、潤滑剤や形状、締め付け速度、ねじの再使用などでトルク係数が変わり、同じ締め付けトルクでも軸力が大きく変動すると説明されている。
例えば、外したボルトのねじ山に砂やサビ、古い固着物が残っていると、それが抵抗になる。トルクレンチが規定値でカチッと鳴っても、力の多くが摩擦に使われ、必要な軸力を得られない可能性がある。
だから、外したボルトや部品は組み付け前に状態を確認し、メーカーが指示する方法で清掃することが大切だ。
反対に、ねじ部へオイルやグリスを塗ると摩擦が減るため、同じトルクでも軸力が高くなりやすい。乾いた状態を前提とした指定トルクなのに、自己判断でモリブデングリスなどを塗って締めると、締め過ぎにつながる場合がある。
「グリスを塗った方が滑らかに締まるから親切」とは限らないのだ。
ねじロック剤、エンジンオイル、グリスなどの塗布が指定されている場所もあるため、何も塗らない、あるいは何かを塗るという判断を自己流で決めず、必ず車両メーカーの指定に従おう。摩擦状態が変われば、同じ表示トルクでも実際の締め付け状態は変わる。
使い終わったら最低目盛りへ戻して保管
作業が終わったプリセット型トルクレンチは、設定値をそのままにして工具箱へ放り込まず、メーカーの取扱説明書に従って保管したい。
東日製作所は、プリセット型について、可能であれば使用後は毎回、現実的には1日の作業終了時に最低目盛りまで下げることを案内している。長く精度良く使うことに加え、次回使用時に設定値を確認する習慣にもつながる。
ただし、目盛りの範囲を超えて無理に下げるのは禁物。製品ごとの最低設定値まで戻し、湿気や衝撃を避けてケースに収納しよう。トルクレンチも測定工具なので、長期間使ったものや、落下させたもの、精度に不安があるものは点検や校正を検討したい。
まとめ
トルクレンチは、プロだけが使う特別な工具ではない。むしろ、ボルトをどれくらいの力で締めればいいのか分からない初心者こそ、手の感覚だけに頼らず使ってほしい工具だ。
ただし、目盛りを合わせてカチッと鳴らせば、それだけで作業が完璧になるわけではない。
指定トルクを確認する。
適切な測定範囲の製品を選ぶ。
正しい位置を持ち、ゆっくり締める。
カチッは1回でやめる。
ねじや座面の状態、油脂類の指定を守る。
緩め作業には使わない。
作業後は最低目盛りへ戻す。
この基本を守ってこそ、トルクレンチ本来の力を発揮できる。
“手ルク”だけの整備から一歩進みたいなら、トルクレンチはそろえておいて損のない1本。メンテナンス初心者の強い味方になってくれるはずだ。

プリセット型トルクレンチ
あらかじめ締め付けトルクを設定し、規定値に達すると「カチッ」という音と感触で知らせるプリセット型。初心者にも扱いやすいが、使用前には設定値と単位を必ず確認したい。

正しい握り位置
トルクレンチは、指定されたグリップ部分を持ってゆっくり力を加える。カチッと作動したら、そこで締め付け終了。念押しのカチカチは締め過ぎにつながる可能性がある。

目盛りの設定
主目盛りと副目盛りを組み合わせてトルクを設定するタイプもある。読み間違いを防ぐため、締め付け前にもう一度数値を確認しよう。
※この記事は月刊モトチャンプ2024年5月号を基に加筆修正を行っています
【モトチャンプ編集部】

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