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エンジン車は、いつまで続くか。 その1「ECVノルウェーモデルを読む」2020〜2021年自動車産業鳥瞰図

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「ノルウェーがあるじゃないか」と言う人もいる。世界トップの自動車電動化率はノルウェーである。たしかに。この国の電動化率68%はBEVとPHEVが大多数でありICEを搭載するHEVのほうが少数派だ。三菱のi-MiEVとアウトランダーPHEVを真っ先に歓迎したのはノルウェーである。2020年は新車販売台数の約半分がECVである。しかし、かの国の事情は日本とは似ても似つかない。

その最大の理由は余剰電力だ。1次エネルギー自給率800%と言われるノルウェーは水力発電による電力が豊富にある。水力はいわゆる再エネ発電であり、その電力が発電総量の96%を占め、しかも発電能力が有り余っているのだから国のエネルギー政策としてはこれを使う方向に誘導される。例外的に冬場だけ石油火力を少し使う程度であるため、発電でのCO2発生量は極めて小さく、CO2優等生である。そのいっぽうでノルウェーは産油国でもあるが、石油は輸出商品である。輸出する石油と天然ガスのぶんも加えたエネルギー自給率が800%である。

EUROSTATとAgora Energiewendeのデータによると、EU28カ国(旧メンバーのイギリスを含む)の発電事情は再エネ発電がじわじわと増えている。2010年は発電総量3351TWh(テラワットアワー=1テラは1兆)のうち再エネ発電が705TWhで全体の21.04%だったものが、2019年には発電総量3222TWhに対し再エネ発電は1115TWhとなり、比率は34.61%まで増えた。原子力発電比率は2010年が27.36%m2019年が25.48%とやや減少したが、2019年のEU原子力発電総量821TWhのうちフランスが397TWhと48.36%を占める。火力発電は褐炭(Lignite)、石炭(coal)、天然ガスなどの合計が2010年には1582TWh、比率47.21%だったが、2019年には1169TWh、比率36.28%へと減少した。

EU非加盟のノルウェーは、EU議会の政策決定には関われないが、精神的な影響力を持っている。自動車産業を持たず、人口密度が極めて低く、しかも石油と天然ガスの輸出国であるという特殊事情よりも「ECV普及率の高さがEU議会の『環境派議員』にとってはうらやましいのだ」と、筆者が情報交換している欧州のジャーナリスト諸氏は言う。

ノルウェーはECVに手厚い。BEVなら無敵だ。購入補助金の交付、付加価値税(日本の消費税に相当)と自動車購入税の減免、高速道路とフェリーの料金減免、バスレーンを走れる特権など、BEVユーザー向けのインセンティブは世界でいちばん充実している。だからBEVが売れる。新車販売台数は少ないが、コロナ禍の2020年はECV比率が50%に近付きつつある。

筆者がノルウェーを最後に訪れた2005年には、まだBEVはほとんど見られなかった。しかし、冬場にエンジンオイルが凍るのを防ぐため、ガソリン車でもディーゼル車でもブロックヒーターを積んでおり、そこに外部から電力を供給するための230V(ボルト)のAC(交流)電源設備が各家庭の庭先には備えられていた。写真をお見せできればよいのだが、2006年より前のデジタルフォトデータの大半がハードディスクのトラブルのため消失していて、残念ながらお見せすることはできないが、そのブロックヒーター用AC電源が現在、ECVの充電に使われている。

数枚だけ残っている写真のうちの一枚。デンマークの首都・コペンハーゲンから海峡を越えて対岸のスウェーデンへ向かう鉄道路線は海の上を走る。このあたりは風か強いため海上に風力発電の風車が立ち並んでいる。車窓からその様子を眺めたが、風車が写っているショットは消失してしまった。

ただし、ECVユーザーの相当数がガソリン車またはディーゼル車、ICE搭載車を所有している。「2台目はECVで」という保有形態はけして少なくない。ジャーナリスト仲間や自動車メーカーの伝手で首都オスロやベルゲン、トロムソ、最北に近いヒルケネスといった街の事情を訊いたが、ECVとICE車の実質的な価格差がなくなったとはいえ「1台しかクルマを持てない場合は冬場のことを考えてICE車を買う人が多い」「とにかく安いクルマを求める層もBEVには行かない」という。だから新車販売の50%強がICE車なのである。

スウェーデンのイェテボリからノルウェーの首都オスロへ向かう途中。冬場はこのような景色が延々と続き、オスロより北の沿岸部は複雑に入り組んだフィヨルドが続く。小さな島が多く、道路と道路の間はフェリーボートがつなぐ。だからBEVのフェリー無料は大きなインセンティブになる。

冬場のBEVはヒーターが電力を喰らう。そのため航続距離が短くなる。国土面積は日本より約15%少ない(本土のみ。全領土だと日本の7.6倍)が、人口はわずか537万人。オスロ以外では交通渋滞は珍しい。ノルウェー本土にはすでに4000か所ほどの充電スタンドがあるそうだが、その大半は都市部に集中している。

いっぽう、エネルギー輸出国の例に漏れずノルウェーも国民ひとり当たりGDPのレベルは高い。2019年データで見ると日本を100としたときの世帯平均PPP(購買力平価)は129であり、可処分所得が日本の平均の約3割増である。EUのデータで見ると、加盟国ごとのBEV普及率は完全に国民ひとり当たりGDPに比例している。補助金があっても同クラスのICE車に比べればBEVは割高であり、BEVを購入できる人は平均よりも裕福な人である。ノルウェーのように税制面や利用面でECVを優遇しても、小さくて安いガソリン車の需要はなくならない。これが現実である。

中国では「2035年には節能車(低燃費車)と新能源車(新エネルギー車/NEV=New Energy Vehicle)がそれぞれ50%ずつを占めることが望ましい」との結論を中国汽車工程学会(日本の自動車技術会に相当)が示し、BEV/PHEV/FCEV(燃料電池電気自動車)を50%まで増やすべきだと提言した。その50%にもっとも近いのがノルウェーである。中国のように自動車産業を国家の代表産業に育成し、電動車をもって自動車強国にのし上がろうとしている国でも100%NEVとは言い出さない。

その中国は現在、BEVとPHEVのために原発建設ラッシュである。中国も産油国である。しかし石油は輸出商品である。この点はノルウェーに似ている。いみじくも豊田JAMA会長が語ったように、外部から充電して走るクルマが増えれば、その分は完全に現在の電力需要の上乗せになるということを、中国政府も知っている。だから原発を増やしている。

中国より強硬にECV普及へと舵を切った欧州の特徴は、国家間での電力売買だ。たとえばドイツは、国境を接するフランスから年間15GWh(ギガワットアワー=1ギガは10億)弱の電力を買っている(BDEW=ドイツエネルギー水道事業連合会の資料による)。ドイツ政府が「脱原発」を進めているためドイツ南部は電力不足に見舞われており、これを補うための買電である。逆にスイスへは約13GWh、オーストリアへは11GWh、ポーランドへは約10GWh、オランダへは約9GWh、デンマークへは約6GWh、チェコへは約5.6GWHの電力を輸出している。同時にスイスから約3.5GWh、オランダから約2.8GWh、デンマークから約2.7GWh、チェコから1.6GWhの電力を買っている(いずれも2018年データ)。

つまりドイツは、買電と売電の両方を行なっているのである。これは1日の中での時間帯による電力需要変動や季節的要因への対応、あるいは太陽光や風力といった再エネ発電の宿命である突発的な発電量増減(日照がない、風が吹かないなど)の影響を隣国同士が補い合うという目的、そして慢性的な電力不足を補うための協力やルクセンブルク公国のように発電所持たない国からの売電要求という目的もある。国境を接している大陸欧州の国々は送電線が国境をまたいでいるケースが多く、売電・買電は珍しくない。

ドイツは脱原発を政策として進めながら、不足分をフランスから購入している。似たような例がスウェーデン、ノルウェー、フィンランド、デンマークで構成する電力融通組織であるノルドプールにも見られる。スウェーデンは脱原発の方針を大転換し、低コスト発電の手段として原発利用を進めている。ノルウェーは水力中心。ノルウェー同様に自国に自動車産業がなくECV販売比率が高いデンマークは、海峡を越えてスウェーデンの原発から電力を買っている。ドイツとフランスからも買っている。

しかし、日本は電力をすべて自給自足しなければならない。島国である以上は仕方がない。だから、日本でECVを大量普及させるのであれば、それに見合った電力供給体制が必要になる。

「ノルウェーはECVが普及している。日本もやればできる」
そうかなぁ、と筆者は思う。隣の芝が青く見える理由はたくさんある。日本はどう転んでもノルウェーモデルには近付けないだろう。最大の要因は自動車産業の存在であり、その自動車産業が国家経済の相当部分を担っているという現実である。(つづく)

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