より魅力ある商品を、より納得できる価格で、かつタイムリーに提供するために

日産がファミリー戦略という開発プロセスの改革に踏み切った背景には、複数の事業環境の変化がある。
第一に、顧客の買い替えサイクルが長期化していること。第二に、市場環境の変化が速くなっていること。第三に、自動車そのものの技術的複雑性が増して、開発期間が長期化していること。第四に、開発コストおよび部品コストがともに増大していること。第五に、中国メーカーの台頭もあって開発競争が加速していること。
こうした状況を踏まえて、同じ手法を続けていては事業の継続・存続が不可能であると判断し、商品企画出身であるイヴァン・エスピノーサ社長の後押しもあって変革を進めることとなった。

個車開発をぶれずに進めるための前提条件を事前に計画する
ファミリー戦略の最終的な目標は、より魅力ある商品を、より納得できる価格で、かつタイムリーに提供することである。この目標を実現するため、日産は単一車種ごとの企画から、複数車種をまとめて捉える「車群」の考え方へと切り替える。
ここでいうファミリー戦略は、単なる車種開発上の手法ではない。事業経営戦略から車種開発、さらに市場投入後のライフサイクル管理までを含む、事業全体の戦略となる。どの市場にどの車種を投入するのか、どの工場で生産するのか、どの技術を搭載するのか、投入後にどのように商品寿命を管理するのか。そこまでを一体で設計する点にポイントがある。
従来は、こうした複数車種をまとめて計画し、初期段階で体系的に意思決定するための組織やプロセスが社内に存在しなかった。最初に上市される車種を開発している際は、後続車種のことは「一応、意識はしていた」という程度で、詳細に検討してはいなかったという。
実際の計画は2台目、3台目の段階にならないと固まらないため、途中で計画が変わると開発全体が狂い、工場、サプライヤー、販売現場にも影響が及ぶ。さらに時間が経つにつれて後続車種ごとに少しずつ変更が入り、プラットフォームが「A」から「A’」「A”」と枝分かれしていく。こうなると、効率も何もあったものではない。
もうひとつの弊害が、少量モデルの切り捨てだった。最初のモデルはボリュームが大きいが、後続になるほど特殊で少量になる。例えば、NISMOのスポーツエンジンを積んだモデルのようなものを後から追加しようとしても経済性が成立せず、企画段階で却下されてしまっていた。
しかしファミリー戦略では、4〜5台をまとめて企画し、最初から「車群」として投資・技術・市場投入を設計する。これにより、個別最適ではなく全体最適に基づいた開発判断が可能になる。さらに、共通化によって節約できた時間と労力を、特別な車種の企画やバリエーション追加に充てることができる。従来は後から追加しにくかった特殊なモデルについても、初期段階から全体計画に組み込むことで実現可能性が高められるというわけだ。
こうしたファミリー戦略の導入により、個車開発の期間を約40%短縮できるほか、部品種類を70%削減できるという。複数車種を同時に計画することで、各モデルの市場投入リードタイムも短縮され、市場投入時期が近い状態で計画しやすくなる。これにより、計画そのものの精度と実行可能性も高まる。
ファミリー戦略を構成する5つのステップ
ファミリー戦略は、大きく5つの段階で構成される。
1:経営戦略・事業計画
グローバルの収益・台数計画、各モデルの役割、ファミリーを構成するモデル数などを定める。
2:ファミリー企画
ファミリー戦略の中心となる部分だ。経済合理性の高い複数車種をまとめて定義し、事業として成立する単位で計画する。
3:ファミリー企画に基づく個車開発
「PCS-T」を活用しながら、各車種の魅力を磨き上げる。PCS-Tは、新型車の開発期間を従来の約50か月から30〜37か月へ短縮するため、企画からデザイン、開発、生産までのプロセスを変える改革活動である。
4:競争力ある商品の市場投入
ファミリー企画で決めた前提条件のもとで商品を開発し、市場へ投入する。投入後も商品価値を維持・強化するため、ライフサイクル全体を管理する。
5:Visionの実現
モビリティの知能化を通じて、最先端のテクノロジーを、より安全に、より直感的に、より多くの人に届ける。
ここで用語を整理しておきたい。「ファミリー戦略」と「ファミリー企画」は似ているが、指す範囲が違う。前者は、経営戦略・事業計画から個車開発、市場投入までを貫く事業基盤全体を指す。後者はその中のひとつの工程で、個車開発が始まる前に前提条件を決める段階を指す。戦略という器の中に、企画という工程がある、という関係だ。
アーキテクチャ戦略部門とCFSの2本柱
ファミリー企画を支えるのは、2本の柱である。ひとつがアーキテクチャーの決定で、「アーキテクチャ戦略部門」が主導する。対象はコンポーネント(ナビ、AD/ADAS系、シートなど)、車両プラットフォーム、パワートレイン、ソフトウェア基盤の4領域だ。佐々木氏はこれを「棚」に例えた。工場の棚に技術が並んでいるようなイメージで、ICEだけでなくHEVもEVも、そのとき必要な技術が常に載っている状態にしておく。
もうひとつの柱が、「チーフ・ファミリー・ストラテジスト(CFS)」である。CFSは車種群企画を主導し、アーキテクチャ戦略部門が用意した技術の棚から最適な技術を選び、複数車種へどのように搭載するかを戦略として組み立てる。
ではCFSがすべてを決めるのかというと、そうではない。CFSは計画段階の意思決定に責任を持つが、実務としてはCVE(開発責任者)、PD(プログラムダイレクター)、そして商品魅力を作り込むCPS(商品企画責任者)と一緒に活動する期間がある。計画を受け取る側の3者が仕事を引き継げるよう、その重なりの部分でCFSとともに共同作業をするという。
「フレーム」「ミドル」「コンパクト」の3ファミリーを想定
そもそもファミリーとは何か。日産の定義は「共通のアーキテクチャーをベースに開発される複数車種のグループ」である。その分類は、縦軸に車両区分、横軸に技術基盤を置いたマトリクスで整理される。
縦軸はフレーム/ミドル/コンパクトの3つ。4月に示された長期ビジョンのとおりだ。横軸はプラットフォーム、パワートレイン、ソフトウェア、コンポーネント。プラットフォームとパワートレインはファミリーごとに専用となる一方、ソフトウェア基盤は3ファミリー共通とされている。
ただし佐々木氏は、この3つで確定ではないとも述べた。必要であればさらにファミリーを追加するというが、具体的な数はまだ定義していないとした。ファミリー化の対象は全体の8割程度。残る2割は、GT-R、Z、キャラバンといった性格の異なるモデルで、これらはファミリーとは別に扱うこととなる。
具体例として示されたのが「フレーム」ファミリーだ。先頭に立つのは2列シートSUVの新型「エクステラ」。北米の若いユーザー向けで、比較的手ごろな価格帯のクルマである。従来なら、この1台に特化して作り込んでいた。しかし今回は最初の段階から、インフィニティ向けのモデルも視野に入れて企画・設計が行なわれているという。高級オーディオの搭載を想定してブラケットやスピーカーの位置をあらかじめ仕込んでおく、といった具合だ。3列シート車を展開する場合も同様で、3列目の乗降性を考慮したフレーム設計を、最初の前提条件として組み込んである。


ファミリー戦略は「日産の病気」治療の特効薬
こうしたファミリー戦略は、日産独自のものではない。例えばマツダは2011年発売のCX-5から「一括企画」という取り組みを行なっている。5〜10年の時間軸で将来市場を見据え、導入予定の車種を車格やセグメントを超えて企画するというものだ。日産は、マツダの一括企画を研究し、学んだうえで、自社の状況に合わせて調整するという。佐々木氏はこれを「マツダさんから学んだものに、日産の病気を少し掛け合わせて解いていこうというのが今回(のファミリー戦略)」と表現した。
日産の病気とは、グローバルで多数の車種を展開し、地域ごとの市場ニーズに応えようとしすぎた結果、極端に多くの部品種類を作ってしまったこと。その結果、管理工数が膨大になり、サプライヤーとの協力にも支障をきたす状態が生じていた。「我々が良かれと思って、世界中のマーケットに地域最適に過ぎたんだと思います」と佐々木氏は振り返る。前述のとおり、ファミリー戦略によって部品種類は70%削減することが見込まれており、日産の抱える問題の解消に貢献する。
クルマ好きにとっては「共通化」と聞くと、どのクルマも似てくるのではないかと心配になる。だが日産の説明は逆で、共通にする部分を先に決めきってしまうからこそ、残った部分に力を注げるのだという。
共通化による効率性と、個別車種の魅力づくりを両立させる取り組みであるファミリー戦略。日産のクルマづくりが大きく変わろうとしている。その成果が、今後どのようなニューモデルとして現れるのかに注目したい。

![by Motor-FanTECH.[モーターファンテック]](https://motor-fan.jp/wp-content/uploads/2025/04/mf-tech-logo.png)