水素を燃料とするエンジンには、どのようなメリットと課題があるのか

5.0L-V8水素燃焼エンジン(PHOTO:YAMAHA)
水素燃焼エンジンへの注目度は昨年あたりから急速に高まってきた。しかしその歴史は古く、多くのメーカーやサプライヤーが 開発を進めていた経緯がある。「水素を燃やす」ことに関しての基本的な利点と課題を解説する。
解説:畑村耕一(Koichi HATAMURA) TEXT:世良耕太(Kota SERA)

モーターファン・イラストレーテッド vol.191「水素はどうか」より一部転載

Q.1:水素燃焼エンジンは、なぜ排ガスがきれいなのか?

「ガソリンや軽油と異なり、燃料分子に炭素が含まれていないから」

 水素をエンジンで燃やす考えは昔からあった。水素は燃焼しても水しか排出しないため(2H2+O2 → 2H2O+119.6MJ/kg)、カーボンニュートラルの観点から開発が進められた。

 ただし、空気中の窒素と反応してNOxは出る。λ>2.2の超リーン燃焼では必要ないがλ=1では三元触媒、リーン燃焼ではNOx触媒が欠かせない。ミラーサイクルや初期の過給ダウンサイジングが登場した当時はこれらがほとんど注目されなかったように、水素エンジンも当時は価値が理解されず、2000年半ばにぱったりと下火になった。水素と酸素を反応させて電気を取り出す燃料電池が出てきたことも、水素エンジンの開発から離れる一因になった。熱効率を考えたら「水素エンジンなどありえない」という話になるからだ。ところが最近カーボンニュートラルの問題が大きくなるに従い、余剰の再エネから作る水素に注目が集まり、水素エンジンの開発が復活。燃料電池の量産には触媒に必要な貴金属や設備投資などにお金がかかるので、既存のガソリンエンジンの技術や部品を流用できる水素エンジンのほうが安くできる。ハイブリッド専用にすれば熱効率の点でも燃料電池に太刀打ちできる可能性があるというのが、復活の理由だ。

Q.2:通常のエンジンを流用できるのか?

「基本的な構造や生産設備はそのままでいいが、変更が必要な部分も」

 ガソリンエンジンも水素エンジンも同じ火花点火なので、燃料系を除いて流用しようと思えばできる。ただし、きちんと効率を出そうと思ったら水素燃焼に合わせて最適化する必要がある。

 まず水素は自発火温度が高くノッキングしにくいので、容積比を高くしたいところ。容積比20を超える大型ディーゼルエンジンはもともと高いP-max(最大燃焼圧)に耐える設計をしているので、水素エンジン化しても問題ない。だがガソリンの場合は過給エンジンであってもP-maxは低いので、クランクシャフトやシリンダーヘッドのガスケットなどに補強が必要。大型ディーゼルを水素エンジン化する場合は水素をポートで供給し、軽油をちょっと噴いて着火させる方法もある。既存ディーゼルのシリンダーヘッドを水素燃焼用ヘッドに取り替え、燃料供給装置を追加するレトロフィットも検討されている。大型ディーゼルの場合はそれでもいいが、ガソリンエンジンの場合は強度面で厳しいだろう。

 熱効率をうるさく言わず単に水素を燃やすだけなら、既存ガソリンエンジンに水素供給系をつければできる。P-maxは抑えて使えばいい。補強するにしても生産設備を大きく変更する必要はないので、この点では好都合だ。

Q.3:現在まだ普及していない理由は?

「周辺部品のコストと充電インフラ、ボイルオフをどう見るか」

 水素エンジンの普及を阻むのはコストだろう。エンジン本体のコストはそれほど上がらないだろうが、問題は水素タンクや水素供給システムといった周辺部品だ。それらがコスト上昇の要因になるし、乗用車用として考えた場合はスペースを取るのも問題。高圧水素タンクは燃料電池車用を流用できるとはいえ、ガソリンの燃料タンクに比べれば非常に高価だ。

 大型トラックに水素エンジンを適用する場合は、液体水素を使う手もある。長距離を走る大型トラックは水素を充填したらすぐに走り続けるため、ボイルオフ(外部の熱による気化)の心配がない。乗用車の場合は長期間放置しておいたら、ボイルオフによって水素がなくなってしまう。なので乗用車に液体水素の選択肢はないだろうが、大型トラックなら可能性はあるだろう。水素供給のインフラが整い、石油を使う内燃エンジン車が販売禁止になるような状況になると、水素エンジン車が生きる道が出てくるかもしれない。

 いずれにしてもCO2規制がなければ、再エネ電力で製造する水素を使う必然性がない。その場合、e-fuel(合成燃料のうち、再エネ電力を使って製造した水素を用いたもの)との価格差も水素エンジンの普及を左右することになる。

著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…