第1号車の遺伝子を継承

BMWの第1号車は1923年に登場したR32で、以後の同社は100年以上に渡ってボクサーツイン車の熟成を続けている。
ただし、BMWが販売するボクサーツイン車の基本理念が100年以上変わらなかったかと言うと、必ずしもそんなことはなく、1955~1969年に販売したR50で(1961年以降は各部を改良したR50/2)、ひとつの完成形に到達した、あるいは、ひとつの区切りを迎えた……と、僕は感じている。

と言うのも、1960年代後半までのボクサーツイン車の主力は500ccで、第1号車のR32以来、パワーユニットの主要部品の配置や68×68mmのボア×ストロークは不変だったのだ。
そしてステアリングヘッドパイプを起点とするタンクレール×2とダウンチューブ×2が、緩やかなアールを描いてリアアクスルに向かうダブルクレードルフレームも、基盤を作ったのはR32で、以後のボクサーツイン車は40年以上に渡ってその発展型というべき構成を採用していた。

もっともBMWは、1928~1940年代中盤は750cc、1937年以降は600ccのボクサーツイン車を併売していたし、R32からR50に至るまでには、数限りない仕様変更が行われている。また、完成形や区切りと言うなら、1960年に登場した高性能スポーツモデルのR50SやR69S(600cc)を推す人もいるに違いない。

とはいえ1955~1969年のBMW各車の生産台数、R50:32546台(R50/2を含めての数字)、R50S:1634台、R60:20836台(R60/2を含めての数字)、R69S:11317台という数字を考えると、当時の同社の主力は500ccベーシックモデルのR50だったのである。
もちろん、どの車両を主力と考えるかは各人各様だが、日本では“旧タイプ”と呼ばれる1955~1969年のボクサーツイン車の中で、第1号車のR32遺伝子を最も色濃く継承していたのは、やっぱりR50だろう。

失くしたモノと得たモノ
ただしBMWの500ccボクサーツイン車は、R50が最後ではなく、1969年には全面新設計のR50/5が登場している。
もっともR50/5は、同年に新時代のフラッグシップとしてデビューしたR75/5の弟分で、ボアダウン仕様のエンジンはロングストローク型(82×70.6mm→67×70.6mm)、/5シリーズ全車に共通するフレームは当時のビッグバイクの定番だったフェザーベッドタイプを採用していた。

そんな/5シリーズを過去に何度か体験した僕が、旧タイプとの違いとして印象的だったのは、車格感の大きさである。
前後サスペンションのストロークが長くなり、シートとシリンダーの位置が100mm以上高くなった/5シリーズは、運動性能の飛躍的な向上を実現する一方で、旧タイプのような、さらに言うならおそらくは第1号車のR32から継承してきた、重心の低さや凝縮感が味わいづらくなってしまったのだ。

まあでも、それは今だから言える話だし、当時のBMWの判断は正しかったのだと思う。
何と言っても、1960年代の同社はいまひとつ業績が奮わず、一時は2輪事業からの撤退を検討していたのだが、/5シリーズの大人気によって見事な復調を遂げ、以後はR90SやR100RS、R80G/Sなど、独創的で魅力的なボクサーツイン車を次々と生み出すことになったのだから。

ちなみに、R75/5を筆頭とする/5シリーズは、世界最大の市場であるアメリカでの成功を念頭に置いて生まれたモデルだった。
逆に言うならそれ以前のBMWは、市場の動向に左右されることなく、特定の地域の趣向を意識することなく(1967~1969年にはR50・R60・R69SのUS仕様を販売したが)、第1号車のR32を進化させる形で、ただひたすらに自分たちが信じるモーターサイクルの理想を追求していたのだ。
旧タイプならではの特徴

さて、前段で話をまとめてしまった感があるけれど、以下の文章ではR50を筆頭とする、旧タイプの特徴を紹介したい。
このシリーズの最大の注目要素は、前任のR51/3・R67(500cc・600cc)ではフロント:テレスクピックフォーク・リア:プランジャー式だった前後サスペンションを、フロント:アールズフォーク・リア:スイングアーム式に刷新したことである。

リアは当時のトレンドに従ったと言えるものの、フロントに関しては、“テレスコピックフォークの先駆者がなぜ?”という感じる人がいそうだが(量産車世界初のテレスコピックフォークを装備するモデルとして、BMWは1935年にR12/17を発売している)、まだまだ発展途上だったテレスコピックフォークの性能や、サイドカーの需要を考えれば、当時の同社の判断に疑問を抱く人はあまり多くなかったようだ。

なおBMWのボクサーツインのタイヤは、当初は前後26インチで、1930年代中盤以降は前後19インチが主力だったものの、前後サスペンションの性能向上で安定性に関するタイヤへの依存度が低くなったため、旧タイプは前後18インチを採用している。
その一方で旧タイプのパワーユニットとフレームは、前任車の基本設計を踏襲していたが、1951年に登場したR51/3が市場で好評価を獲得し、4年間で18420台を販売したことを考えれば、それは自然な流れだったのだろう。

前任車から継承した旧タイプのパワーユニットの特徴は、発電機をエンジン上部からエンジン前部のクランクシャフト同軸に移設し、ボクサーツイン史上最小のコンパクト化を達成したことや(エアクリーナーボックスを含めて考えれば、最新の水冷ボクサーツインより小さい)、カムシャフトを2→1本に変更すると同時にエンジン内のチェーンを廃止し、抜群の静粛性を実現したこと。
また、ダウンチューブに楕円パイプを用いるフレームは、既存の構成を踏襲しながら、スイングアームの導入に伴い、後半のデザインを刷新していた。
現在の中古車事情

同時代に販売されていたクラシックバイクと比べると、R50を筆頭とする旧タイプは、ノーマルのスタイルを維持した状態での現存率が非常に高い。
その背景には、完成度と耐久性の高さ、補修パーツの潤沢さ(現在でも消耗部品の多くが入手可能)、カスタムパーツの少なさなどがあるのだが、現役時代から高級車だった旧タイプは、定期的な整備を行って大切にされてきた個体が多いのである(もちろん、例外はある)。

そんな旧タイプの価格は、ここ十数年でグングン上がっていて、近年の日本におけるR50の中古車相場は150~250万円。
その数字をどう感じるかは人それぞれだが、1960年頃の価格が約60万円だったことを考えると(当時の大卒初任給は1万円~1万5000円で、1960年頃の日本製250cc高性能スポーツモデル、ヤマハYDS1は18万5000円、ホンダCB72は18万7000円だった)、このバイクの中古車相場はそんなに高騰しているわけではない……のかもしれない。
主要諸元
車名:R50
全長×全幅×全高:2125mm×660mm×980mm
軸間距離:1415mm
最低地上高:135mm
シート高:725mm
エンジン形式:空冷4ストローク水平対向2気筒
弁形式:OHV2バルブ
総排気量:494cc
内径×行程:68mm×68mm
圧縮比:6.8
最高出力:26hp/5800rpm
始動方式:キック
点火方式:フライホイールマグネトー
潤滑方式:ウェットサンプ
燃料供給方式:キャブレター(ビングφ24mm)
トランスミッション形式:常時噛合式4段リターン
クラッチ形式:乾式単板ダイヤフラムスプリング
ギアレシオ
1速:4.171
2速:2.725
3速:1.938
4速:1.540
2次減速比:3.18
フレーム形式:ダブルクレードル
懸架方式前:アールズフォーク
懸架方式後:スイングアーム・ツインショック
タイヤサイズ前:3.50×18
タイヤサイズ後:3.50×18
ブレーキ形式前:φ200mm機械式ドラム
ブレーキ形式後:φ200mm機械式ドラム
乾燥重量:195kg
燃料タンク容量:17L
乗車定員:2名
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