面白くて勉強になる昔話

3回に渡ってお届けしている当記事の主役は、1955~1969年にBMWが生産したアールズフォーク車、日本では“旧タイプ”のベーシックモデルと呼ばれているR50なのだが、今回は試乗車を貸してくれた矢部啓二さんの愛車遍歴を紹介したい。
と言うのも、バイク歴が半世紀以上に及ぶ矢部さんの昔話は非常に面白く、誤解を恐れずに言うなら勉強になるのだ。

なお10代の頃から旧車に興味津々で、これまでに数多くのクラシックバイクを体験してきた僕には、各分野に先生と呼びたくなる達人がいる。矢部さんもそんな達人の1人だが、BMWに特化しているわけではなく、最も得意とする分野は1970~1980年代のイタリア車で、若き日はイギリス車に憧れていたそうだ。
人生初の外車はドゥカティ750GT

1952年生まれで現在74歳の矢部さんが、二輪免許を取得したのは1968年のこと。
当初はホンダCB72やスズキT250、GT350、GT750といった日本車を愛用していたものの、1973年にドゥカティLツインの第1号車、750GTを入手してからは、半世紀以上に渡って外車メインのバイクライフを送ってきた。その事実を知ると、お金持ち?と思えるけれど……。

「まったくそんなことはないです(笑)。私がドゥカティ750GTを購入できた理由は、村山モータースの常連だったバイククラブの先輩の紹介があったからで、20歳そこそこの若者がいきなり村山さんに行ったら、当時は門前払いでしょう。支払いは現金ではなく手形による後払いで、感覚としては“マルセン手形、今でいうローンのようなもの”でした」

「初めての外車としてドゥカティを選んだ理由は、たまたまです。若い頃の私が最も憧れていたのはイギリス車、中でも“あの胸にもう1度”という映画に出てきたノートン・アトラス750が大のお気に入りでしたが、初めて村山モータースを訪れた際に、たまたま750GTの中古車があって、先輩やお店のスタッフから“コレがいいんじゃないか”と言われて、何となく流れで購入することになりました。
1973年の日本では、ドゥカティはまだ知る人ぞ知るというブランドで、私自身もまったく知識はなかったですけどね」

ちなみに、当時の矢部さんはBMWのR75/5にも興味津々だったのだが、予算の都合で断念したそうだ。
「あの頃の私は、旧タイプのBMWはあまりピンと来ていなかったのですが、R75/5はひと目見た瞬間から、カッコイイ‼、乗ってみたい‼と思いました。現代の目で見ればオーソドックスなデザインでも、R75/5は若者を惹きつけるバイクだったんですよ。
でもホンダCB750フォアやカワサキZ2が40万円前後だった時代に、R75/5の新車は120~130万円でしたからね。もちろんドゥカティも安くはなかったですが、私が購入した中古車はとりあえずフタケタ万円台でした」

イタリア車とBMWを併用

750GTでイタリア車の魅力に目覚めた矢部さんは、以後はドゥカティ750S、900SS、900MHR、750F1、モトグッツィV850GT、850ルマンⅡ/Ⅲ、1000ミッレ、ビモータHB3、YB6、ラベルダ750SFC、モトモリーニ3 1/2などを愛用。その華麗な車歴を聞くと、やっぱりお金持ち?という気がするものの……。

「すべてが新車なら、あるいは、すべての整備をショップにお任せしていたら、そうでしょう(笑)。でも私がこれまでに所有したイタリア車は、友人知人経由で譲ってもらった車両が大半で、中には10年以上の放置車や事故車、書類ナシというケースもありましたし、ほとんどの作業は自分で行っています。
いずれにしても仲間とのつながり、“ご縁”があったからこそ、私はいろいろなイタリア車を楽しめたんです」

念のために記しておくと、1970~1980年代は日本車の動力性能が年を経るごとに向上していた時代である。にも関わらず、矢部さんがイタリア車に傾注していった背景には、どんな事情があったのだろうか。

「やっぱり、750GTのインパクトが強烈だったからでしょう。最高出力はCB750フォアやZ2などより低い60psでしたが、馬が後ろ足で路面を蹴とばすようなフィーリングは最高に気持ちよかったですし、ある程度オートバイのことがわかってからは、シャシーの盤石さに感心しました。
この点に関して、私が経験した当時の大排気量車の中では、ドゥカティが圧倒的で、コーナリングの確実さや最高速付近の安定性で、ドゥカティに勝るモデルは無かったと思います」

ただし1982年に30歳を迎えた矢部さんは、以後はイタリア車と並行する形でR100RSやR80、R90/6、クラウザーが販売した4バルブヘッドのR100RTなど、いろいろなBMWを所有することとなった。
「友人の旧タイプやR75/5、R90S、R100RSなどを試し乗りしたことはありましたが、私が最初に所有したBMWは、1985年に登場したK75です。
空冷ボクサーツインではなく、水冷直列3気筒を選んだ理由は、これもたまたまなのですが、実際にBMWオーナーになってからは抜群の快適性や実用性、トラブルの少なさ、と言うか、手間のかからなさに大いに感心しました。イタリア車メインで乗り継いできた身としては、こんな世界があったのか……という印象でしたね」

なお矢部さんが各時代の最新型に注目していたのは1990年代初頭までで、以後は過去に乗りたかった車両がメインのバイクライフを送ることとなった。気化器のキャブレター→インジェクション化を筆頭とする各部の洗練が進み、アマチュアが手を入れる余地が少なくなった1990年代中盤以降の車両には、あまり興味が持てなかったそうだ。
R50/2は最後のバイク?

そして時代はイッキに下って2010年代中盤、矢部さんは2台の旧タイプ、R60/2とR50/2を立て続けに所有(R50/2の入手が決まった時点で、R60/2は仲間に譲渡)。
余談だが、前述したイタリア車とBMWも含めて、矢部さんがこれまでに所有した車両は、自分からコレが欲しいと積極的に探したのではなく、仲間から“コレがあるけど、どう?”と聞かれて譲り受けたケースが多く、2台の旧タイプもバイクの世界から引退するクラブの先輩から声がかかったそうだ。

「60代で初めて旧タイプのオーナーになった私は、あぁ、これからの自分にピッタリだなあと感じました。当時の私は体力の衰えを感じていて、750cc以上のモデルに乗るのが徐々に億劫になっていたのですが、車格が小さくてエンジンパワーがほどほどで、まったり巡航で充実感が得られる旧タイプなら、押し引きもメンテナンスもツーリングも気軽にこなせるんです。
もちろん、イタリア車のような爽快感や刺激は味わえないですし、高速巡航なら/5シリーズ以降のBMWのほうがいいのですが、バイクライフの最後を飾る1台として、旧タイプは最適だと思いました。
ただし、それはあくまでも私の個人的な考えです。世の中にはもっと若い頃から、旧タイプを愛用する人が大勢いますからね。でも私の場合は、イタリア車が基準になっていたので、60代になるまで、旧タイプの魅力が本当の意味では理解できなかったんですよ」

そう語る矢部さんではあるけれど、今現在の自宅ガレージではドゥカティ400F3をベースとするレーシングパンタ風カスタムの作業が進行中で、2010年代中盤以前のモトグッツィV7シリーズにも興味があると言う。
「少し前まではR50/2が最後のバイクになると思っていたのですが、70代になってさらに体力が落ちると、もっと車重が軽くて、セル付きのバイクが恋しくなってきました(笑)。まあでも私の場合は、やっぱりイタリア車から離れられないんでしょうね」
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