2026年、マツダ・ロードスターが再び商品改良を受けた。今回の大きなテーマのひとつが車外騒音規制フェーズ3への対応である。
スポーツカーにとって「音」は重要だ。しかもロードスターは軽さを最大の武器とするスポーツカーでもある。音を小さくするために大型のサイレンサーを積み、それによって重量が増えるとしたら、ロードスターにとっては二重の痛手になる。実は筆者自身、それを心配して商品改良前のSを購入した。
そのことをロードスター主査の齋藤茂樹さんに話してみた。
最初の案は「サイレンサー50L、5kg増」
「めっちゃ頑張りましたね」
齋藤主査は笑った。
規制対応で最初にエンジニアから提示されたのは、メインサイレンサーだけで容量50L、重量5kg増という案だったという。
「どうしようかなと思いました。そもそも車体に入るんかいね、と」
そこで齋藤主査は、コストが多少高くなってもいいから材料などを工夫して軽くしてほしい、と求めた。
「ロードスターは軽さが一番だから、ちょっと軽くしてくれと。そのうえで容量も少なくしてくれ、と」
結果、従来28Lだったサイレンサー容量は34Lに収まった。重量増は「500gもいっていない。ほんの数百グラムぐらい」だという。
結果として車検証上の重量は変わっていない(Sの車両重量は1010kg)。ロードスターにとっての数kgの意味を、開発陣自身が誰より理解しているということだろう。
「規制対応は、生まれ変わるチャンスなんです」

しかし、齋藤主査の話でさらに興味深かったのはここからだった。規制対応を単なる「守り」の開発とは考えていないのである。
「実はエレキプラットフォームを変えたとき(2023年10月発表、24年1月発売)に学んだのは、規制対応は生まれ変わるチャンスだということなんです」
以前、サイバーセキュリティ法への対応などを理由に、ロードスターは電気電子プラットフォームを大幅に変更した。当初は大規模な投資が必要で、重量も増える。齋藤主査は「これ終わったな」と思ったという。
ところが考え方を変えた。
どうせ電気電子系を一新しなければならないなら、それを利用してロードスターを新しくすればいい。ナビゲーションやコネクティビティを刷新し、MRCC(マツダ・レーダークルーズコントロール)も採用する。灯火類も中身を変更する。
さらに規制とは直接関係のない部分まで手を入れた。
「やりたいこと、もう全部やっちまえって」
齋藤主査は笑う。
そして今回も同じだった。
騒音規制はピンチである。しかし、それをロードスターをもう一度磨くチャンスに変えればいい。
「静かになった方が、むしろロードスターらしい」
さらに面白いのが、スポーツカーの「音」に対する考え方だった。普通なら、音が静かになることはスポーツカーの商品力を落とすと考えそうだ。
ところが齋藤主査は違った。
「スポーツカーって致命的じゃないかと思うかもしれない。普通のスポーツカーはそうなのかもしれない。でもロードスターは違って、パフォーマンスとか、ああいう領域で乗るクルマじゃない」
ロードスターは、絶対的な速さを追い求めるスポーツカーではない。
「普通に普段に乗って楽しいクルマ」なのだから、静かになれば快適になる。それによって「むしろ軽快な感じもする」という。
「音静かになって、いいじゃないか、これと思って。むしろロードスターらしくなってる」RFなら、さらに上質感が高まる。
規制によって音を失った、ではない。規制を利用してロードスターに必要な音を作り直した。
そういう考え方なのだ。
タイヤを静かにした。だからEPSまでやってしまった

騒音対策はタイヤにも及んだ。
ただし、タイヤの性能そのものを大きく変えてしまえば、ABSやESCなども含めて再適合が必要になる。それには工数もコストもかかる。
そこでタイヤメーカーに要求したのは、「性能はキープして、音だけ静かにしてくれ」。
かなり難しい注文だったという。17インチはブリヂストン、16インチは横浜ゴムが対応した。16インチではパターンもわずかに変更された。コンパウンドも変わる。すると、ステアリングの手応えもわずかに変わる。
そこで、「それならEPSもチューニングしよう」となった。
「タイヤが変わったという大義名分のもとに、EPSチューニングまでやってしまった」
これが新型ロードスターのステアリングフィールが変わった理由だ。筆者はこの日、自分の改良前Sで試乗会場まで来ていた。そこで新型Sに乗り、「同じSなんですが、なんだか滑らかになった感じがします」と齋藤主査に伝えた。
すると、「めっちゃ滑らかでしょう」と即答。
そして自身も990Sオーナーである齋藤主査は、
「僕もあそこだけはね、自分で乗りながらちょっと悔しいなって」
と笑った。
PSを褒めた人が、最後に「でもやっぱりSがいいな」

今回の商品改良では、もうひとつ大きなニュースがあった。新しい特別仕様車「PS」である。
PSは専用チューニングのビルシュタイン製ダンパー、RAYS製16インチアルミホイール、ブレンボ製フロントブレーキなどを装備する。
筆者も短時間ながら試乗した。
筆者自身がSを選んだ理由を齋藤主査に話し、「ちゃんとロールしてくれる方が好きなんです」と言うと、面白い答えが返ってきた。

「PS、今回乗っていただいて、皆さん褒めていただくんだけど、帰り際に『でもやっぱSがいいな』とおっしゃる方がいるんです」
ロードスターを昔から知る人、とくにNA、NBの頃から知っている人のなかには、「ひらひら、ひらひら」と動くことこそロードスターだ、という感覚があるのではないかという。
しかし、それだけがロードスターでもない。
「一方でロードスターは正統派スポーツカーであることは間違いなくて」
だからスポーティな側を好むユーザーにも、ロードスターとしての回答を用意した。それがPSなのだ。
PSの原点はMAZDA SPIRIT RACINGだった

PSのサスペンションの発想は、MAZDA SPIRIT RACING ROADSTERの開発から生まれたという。
齋藤主査はその開発途中、サーキットで仕上げていたクルマを一般道で走らせた。すると驚いた。
「そこがすっごく良くて。これ、こんな乗り心地いいんだ、と」
サーキット向けなら、もっと跳ねると思っていた。ところが、しなやかだった。
理由をエンジニアに聞くと、ばねレートを高める一方、減衰力を下げることでバランスさせているという。
「これは1.5でやらない手はないな」
そこからPSの企画が始まった。ただし、重要な一線がある。
PSには「ROADSTER」のバッジが付く。だから、サーキット方向へ行きすぎてはいけない。
「一般道で家の周りを走って楽しいっていう、このコンセプトは変えてはいけない」

ロードスターという名前で出せる範囲で、もっともスポーティ側へ振ったのがPS。
そこから先へ行くなら、MAZDA SPIRIT RACINGのバッジを付ける。
齋藤主査のなかでは、両者の境界線はかなり明確なようだ。
じつは齋藤主査は「PS」に一票も入れていなかった

ところで、「PS」という名前は誰が考えたのだろう。
尋ねると意外な答えが返ってきた。
国内営業本部が候補を持ち寄り、齋藤主査やデザイナー、営業担当などで候補を絞り、投票して決めたという。
そして一番になったのが「PS=Pure Sport」。
ところが、
「僕は一票も入れてないですけど(笑)」
齋藤主査にも別の案があった。
「そもそもロードスターそのものがPure Sportなんですよ。それにわざわざPure Sportと言うのはどうなの?」
というのが理由だったという。
では齋藤主査が考えた名前は? それは教えてくれなかった。

理由は2029年にある。
「その名前は40周年まで取っておきます」
40周年のロードスターを単に「40周年記念車」と呼ぶのではなく、ちゃんと名前を付けたいのだという。
ただし、そのときも齋藤主査ひとりで決めるわけではない。またみんなで投票する。
「だから僕の案が通るかどうかはわからないですよね」
なるほど。その名前が何なのかは、あと3年待つしかなさそうだ。
11年目なのに、なぜロードスターは売れている?

NDロードスターが登場したのは2015年。
普通の乗用車なら、とっくに次の世代へバトンタッチしていてもおかしくない。
ところがロードスターは11年目になって、むしろ売れている。なぜなのか。
齋藤主査に聞いてみた。
「それはもう、お客さんに喜んでもらえる商品対策を僕がしてるからです(笑)」
冗談めかして答えたが、その後の話を聞くと、半分は本気なのだろう。
2019年に主査になって以来、100周年記念車、MAZDA SPIRIT RACING、35周年記念車、そしてPS。毎年のようにファンが楽しめる仕掛けを用意してきた。



そしてもうひとつ、大きな変化があるという。
ユーザーが若返っているのだ。20代は約2倍。なかでも若い女性が大きく増えている。
軽井沢ミーティングなどロードスターのイベントも、コロナ禍以降、非常に活発になったという。さらに驚いた数字がある。
ロードスター全体では、MTが約8割、ATが約2割。ところが女性ユーザーだけを見ると、MTとATが5対5なのだという。しかも20代女性でも5対5。
いまの時代、免許を取得するときにあえてMTを選ぶ若い女性が、ロードスターにはかなりいるのである。親がロードスターやスポーツカー好きで、娘に「免許を取るならMTを取っておけ」と勧めるケースもあるという。
ロードスター文化が、世代をまたいで受け継がれ始めているのかもしれない。
そして、次に待っている規制
今回、ロードスターは新しい車外騒音規制には対応した。では、これでNDロードスターは当分安泰なのだろうか。
齋藤主査に尋ねると、
「国内は(規制対応は)ほぼほぼないです、今のところ。本当に大きな開発をしなきゃいけないみたいなものは今のところないので、ここ数年は何もせずにいけます」という。
しかし、海外は違う。欧州について尋ねると、排出ガス規制の「EURO7」について、「厳しいですね、あそこは」と答えた。北米についても、
「北米もあるんですよ。いろいろと、どうしようかなというところでしょうかね」
と話す。
世界でNDロードスターを売り続ける限り、規制との戦いは終わらない。しかし、今回の改良を見る限り、マツダはそれを単に「ロードスターを延命するための対応」とは考えていないようだ。
規制対応は、生まれ変わるチャンス。
その考え方で、NDを少しずつ育て続けている。
「40周年のクルマは、ほぼ出来上がっています」
そして話は、2029年へ向かった。
ロードスター誕生40周年である。
「40周年が迫っています。それがNDのままなのか、それとも次なのか」
そう尋ねると、齋藤主査は笑いながら答えた。
「もうバリバリやってますよ」
そして、かなり踏み込んだ発言が続いた。
「40周年のクルマはほぼ出来上がってます。企画としては出来上がってます。どんな色で、どんな何を変えてっていうのも決まっていて」
では、40周年もNDなんですか?
そう尋ねると、
「そこはまだちょっと……今は誘導尋問にひっかかるわけにはいきませんよ(笑)」
ここから先は教えてくれなかった。
ただ、
「40周年としてのクルマはやってます」とは明言した。
しかも、そのクルマには「40周年記念車」ではない固有の名前を付けたい。そのために、自分が考えた名前まで温存している。もちろん、その案が社内投票を勝ち抜けるかどうかはわからないそうだが。
ロードスターをつくる人も、ロードスターで暮らしている
最後に、齋藤主査自身のロードスターについて。
所有しているのは990S。しかも現在、家のクルマはそのロードスター1台なのだという。
奥様は教習所以来MTに乗っていなかった。それでも試乗してみたら一度もエンストせずに走ることができ、「私、いけるかもしれない」となった。それから3カ月ほど、夫婦で毎週のように練習した。いまでは奥様も普通に990Sを運転し、マンションの友人を乗せて出かけているという。
この話を聞いて、少し腑に落ちた。齋藤主査が繰り返す、
「一般道で家の周りを走って楽しい」という言葉である。
ロードスターは、サーキットへ行かなければ楽しめないスポーツカーではない。速く走らなければ楽しめないクルマでもない。家を出て、交差点を曲がる。それだけでもちょっと楽しい。そして、作っているご本人もそうやってロードスターを使っている。だから11年目になっても、その芯を変えずに磨き続けることができるのかもしれない。
2026年の騒音規制対応は、その長い歴史のなかのひとつのハードルにすぎなかった。
そして、その先には40周年が待っている。40周年がNDロードスターの最終到達点なのか次期NE型のスタートになるのか……。
齋藤主査が温存しているという「名前」が何なのか。それを聞ける日を、楽しみに待ちたい。
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