ニッケル水素電池をめぐる日米攻防戦
ハイブリッドとは「掛け合わせ」「雑種」という意味だ。現在はICE(内燃機関)と電気モーターを組み合わせたクルマがハイブリッド車と呼ばれるが、HEVという略語の「E」はエレクトリック=電気であり、HEV=ブリッド・エレクトリック・ビークルの和訳は「混合動力電気自動車」が正しい。

電気を使わないハイブリッド車もある。三菱ふそうが1995年に実用化したバスは油圧を使う「蓄圧式ハイブリッド」だった。減速エネルギーを油圧シリンダーに蓄え、発進時にはまず油圧で車輪を回転させてスタートし、そのあとでICEが始動する。もっとも負荷がかかるゼロ発進だけをアシストする方法だった。試作だけ、あるいは少量生産まで入れると蓄圧式ハイブリッドは三菱ふそうだけではなかった。
したがって、より厳密にハイブリッド車を分類する場合は一般メディアが使うHV(ハイブリッド・ビークル)という表記では不十分だ。「E=エレクトリック」を入れたHEVが正確であり、この「E」が入るハイブリッド車には電池が必要である。
BEV(バッテリー電気自動車)でもHEVでも、発電専用のICEを積んだREEV(レンジエクステンダー電機自動車)でも、あるいは外部から充電できるHEVであるPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)でも、車輪を動かすことに電機モーターを使うクルマでは必ず電池が要る。そのための動力電池はLIBが主体であり、中国が世界シェアの7割を握っている。欧州は中国と韓国に、米国は日本と韓国に、電池の供給を頼っている。
欧州のOEM(自動車メーカー)がHEV開発に着手した1998年以降、商品化の足を引っ張ったのは電池の調達だった。当時、欧州と米国で少量生産されていたNi-MH電池はまだ高価だった、汎用品もあったが、主な用途は軍用と航空宇宙用だった。
一方、実用化されたばかりのLIBは、まだ欧米では入手できなかった。しかも強力な車載電気モーターを瞬時に立ち上げるだけの瞬発力を発揮できる電池は存在せず、BMW、GM、メルセデスベンツが共同開発し2007年に発表した2モード・ハイブリッドの電池は米・コーバシス(Cobasys)が開発した電池を採用した。Ni-MH電池である。
このコーバシスは特許所有者であり、GMが車載電池開発のため1994年にOBC(オボニック・バッテリーカンパニー)と合弁で立ち上げたGMオボニック・バッテリーと深い関係があった。さらに遡れば、1960年に設立されたECD オボニックという会社の共同所有者であり、黎明期のNi-MH電池に関する重要な特許は同社が所有していた。
一方、欧州では1960年代からダイムラーベンツ(当時)とVW(フォルクスワーゲン)がNi-MHの研究を支援していたが、量産可能だった電池はエネルギー密度(重量または体積あたりのエネルギー量)と出力密度(一定時間内にどれだけ大きなエネルギーを放出できるか)には優れていたものの、充放電サイクルはせいぜい500回というものだった。だから車載には使えなかった。


トヨタの初代「プリウス」とホンダの初代「インサイト」は、ともにパナソニック製のNi-MH電池を積んでいた。HEVは延々と電気モーターの動力を使うクルマではない。発進時や加速時に短時間使う。しかしモーターは頻繁に使うから電池はたくさん積みたい。とはいえ、電池は重量があるうえに高価であり、搭載には場所を取る。そこで、当時の日本製HEVは、できるだけ少量の電池を小まめに充電しながら使う方法を選択した。
よく、HEV用の電池は「瞬発力型」と言われる。短い時間の間に一気に電気エネルギーを放出できるタイプ、つまり出力密度重視である。一方、初期の車載用LIBはエネルギー密度重視、つまり「持久力」重視で設計された。現在でもHEV用電池は体積エネルギー密度重視の瞬発力型、BEV用は体積出力密度重視の持久力型である。
ちなみにPHEV(プラグイン・ハイブリッド車)用電池はHEV用とBEV用の性格をバランスさせたものが適していると言われる。しかし、1990年代末期には、ほぼ瞬発力型と呼べるようなNi-MH電池しかなかった。LIBが実用化された後も、HEV向けの電池はNi-MHが主流だった。
初代プリウスの衝撃と特許侵害訴訟


初代プリウス初期型は、単2電池ほどの大きさの円筒形NI-MHを288ボルト分、重量にして約45kgを後部座席の背もたれ後ろ側に積んでいた。初代インサイトは144ボルト分、約20kg。両方とも筆者が編集長を務めていた「ニューモデルマガジンX」で所有し長期テストに供していたため、メンテナンス立ち合いも含めてさまざまな観察を行なったので、電池搭載方法とその形状はよく覚えている。
で、GMオボニック・バッテリーである。オボニック・バッテリー・カンパニー(OBC)はNi-MH電池の性能を飛躍的に向上させることに成功したスタンフォード・R・オヴシンスキー氏と、Ni-MH電池の重要特許を所有するECDオボニックとデトロイトに拠点を置くアメリカン・ナチュラル・リソーシズ社(ANR)の共同事業として設立された。ECDオボニックの共同所有者はオーバシスだった。
そのOBCとGMが1994年に組み、OBCが40%、GMが60%の出資比率で合弁会社を設立したのがGMオボニック・バッテリーだった。このころ米国では、カリフォルニア州が独自に定めたZEV(ゼロ・エミッション・ビークル)規制への対応で電動車開発がひとつのブームになっていた。1998年モデルでは州内で新車登録(リース含む)される車両の2%、2003年モデルでは10%をZEVにすることが義務付けられていた。
そのZEV規制は最初の実施が2003年に延期されたが、1997年12月にトヨタがプリウスを発表し、翌1998年1月のNAIAS(デトロイト・モーターショー)はその話題でもちきりだった。Ni-MH電池を積んだ実用的なHEVが市販されたのである。
当時、米国には連邦政府の資金援助で電池開発を行なうUSABC(米国先進電池会議)があり、ここでHEVおよびBEVのための電池開発が進められていた。しかし、なかなか成果が出なかった。そこにプリウスが発表され、積んでいたのがNi-MH電池だったため、いろいろな意味で米国の電池メーカーと電池関係者がざわついた。
そのなかから訴訟が出てきた。ECDオボニック/OBCは、トヨタ/松下電器産業/パナソニックEVエナジー(PEVE)を相手取って2001年に特許侵害訴訟を起こした。
当時の資料では、争点は電池構造と製造技術がECDオボニック/OBCの特許に抵触していないか、トヨタ/松下側はどこまでNi-MH電池に関するECDオボニック/OBCのライセンスを得ていたか、だった。
ECDオボニックはおもに負極材料および水素吸蔵合金と電池構造の基本特許を持っていた。松下側は量産技術やパック化技術、制御技術といった実用面での特許を多く所有していた。Ni-MH電池そのものは1960年代の発明であり、その当時の特許はすでに切れていたが(1995年以前の実用特許は登録から17年で失効)、ECDオボニック/OBCが問題にしたのは1986年登録の新しい特許だった。
その内容は「水素を可逆的に吸蔵・放出する多成分・無秩序構造材料を負極に使う二次電池に関するもの」であり、水素吸蔵合金を使う密閉型セルのNi-MH電池の根幹を成す特許である。ただし、ECDオボニック/OBCの特許は大型大出力(つまり持久力型)に寄っていた。トヨタ/松下は小型高出力(瞬発力型)であり、ライセンス上の問題はないとの判断だった。
この訴訟は2004年に和解したが、トヨタ/松下側は特許使用料を支払うことになった。しかし、和解のなかで利用制限がかかったのは大型大出力電池であり、実際には双方が持つ特許は「どっちもどっち」であり、トヨタ/松下側が特許使用料を支払う必要はなかったのではないかとの見方もある。
さらに、筆者が所有する当時の技術資料からは、トヨタ/松下側がECDオボニック/OBCの特許を回避するために行なった工夫が書かれている。最終的にクロスライセンスで喧嘩両成敗にできる余地はあったと解釈できる。米国企業が日本企業相手に特許訴訟を起こすときは、とにかく「基本特許」の裾野を広げまくる解釈で攻めてくる。「真実はひとつでも事実は複数」であり、敏腕法律事務所を使って攻めてくる。
しかし、Ni-MH電池訴訟が米国勝訴ではなく和解で終わった事実こそ、当時の権利関係は完全に白黒分けられるほど明確ではなく、グレーの部分が「かなり存在したこと」の証拠と言えるのではないだろうか。21世紀最初の電池戦争は、結果的に日本企業がライセンス量を支払うことで決着したが、トヨタ/松下側が勝訴へと深追いしなかったのは賢明だった。ECDオボニック/OBC側は1000万ドル、コーバシスは2000万ドルを受け取ったが、彼らは裁判費用で1600万ドル(おそらくさまざまな工作費用も込みだろう)を遣った。この金額はトヨタ/松下側より多い。
では、その後米国でHEVまたはBEVが数多く誕生したかというと、そうではない。GMはこの訴訟が始まる前にGMオボニクスの株式を石油会社のテキサコに売却、その翌週にはテキサコをシェブロンが買収した。これは電動車普及を邪魔するための石油業界からの刺客だった。Ni-MH電池の特許を石油会社が所有し管理するというウルトラCである。
最終的には、2007年にシェブロンがECDオボニクスに対し訴訟を起こし、コーバシスが所有していたNi-MH電池に関する特許は2015年にすべて失効した。シェブロンはECDオボニクス/OBCが何もできないように手足を縛っておき、「何もしていない。権利を行使していない」と訴えた。
Ni-MH電池は現在も使われている。その一方で、日本が産んだLIBは中国が圧倒的シェアを握るに至った。欧州では、長年Ni-MH電池の研究を支援してきたVWが、欧州製電池をあきらめて三洋電機と提携した。三洋電機がパナソニックに吸収されてからはパナソニックからNi-MH電池を調達した。米国ではGMがNi-MH電池搭載のBEVをほんの短い期間だけ量産した。
