燃料はアンモニアだけ。水素はエンジン上で生成する

エンジンを排気側から見る。

アンモニアといえば、刺激臭のある化学物質であり、農業用肥料の原料として広く使われている。化学式はNH₃。窒素原子1個と水素原子3個からなる化合物だ。

このアンモニアが、脱炭素社会を実現するためのエネルギーキャリアとして注目されている。アンモニアは水素を含む化合物であり、水素そのものよりも貯蔵・輸送が容易だからだ。

そして、アンモニアそのものを燃料として利用することもできる。

アンモニアには炭素(C)が含まれていない。したがって、アンモニアを燃焼させても、燃料に由来するCO₂は直接発生しない。この特徴に着目して開発を進めているのが、ダイハツの「アンモニア/水素混焼エンジン」である。

今回展示されたエンジンは、ダイハツの軽自動車に広く採用されているKF型をベースとした658cc直列3気筒。既存の量産部品をできるだけ活用しながら、アンモニアを燃料として使用できるように変更を加えている。

開発担当者によれば、研究開発はおよそ5年前から進められてきたという。現在はエンジン単体でのベンチ評価段階にあり、車両への搭載や実走行評価には至っていない。

このエンジンの最大の特徴は、燃料タンクに積むのがアンモニアだけという点だ。

「アンモニアだけではエンジンの燃料として燃えにくく、燃焼が安定しません。そこで水素を混ぜて燃やすことを考えています。ただし、水素タンクを積むのではなく、アンモニアから水素をつくってエンジンに供給します」

アンモニアの一部を水素に変換し、その水素と残りのアンモニアを混合して燃焼させる。いわば、車上に小さな水素製造装置を搭載した内燃機関なのである。

なぜアンモニアなのか? 水素よりも貯蔵しやすい燃料

ここで、そもそもなぜアンモニアを使うのかを考えてみよう。

水素は燃焼時にCO₂を直接排出しない燃料として期待されている。しかし、自動車に搭載する場合には、貯蔵が大きな課題となる。常温・常圧の水素は密度が極めて低い。自動車用燃料として十分な量を搭載するためには、高圧で圧縮するか、極低温で液化する必要がある。

燃料電池車のトヨタMIRAIでは70MPaの高圧水素タンクを採用している。一方、液体水素を使用する場合には、約マイナス253℃という極低温を維持しなければならない。

これに対してアンモニアは、大気圧では約マイナス33℃で液化する。常温でも、温度に応じた比較的低い圧力をかければ液体として貯蔵できる。
この違いは大きい。
さらに興味深いのは、液体アンモニアの体積当たりの水素含有量である。

液体水素の密度は約71kg/m³。これに対して液体アンモニアの密度は約680kg/m³(沸点付近)で、その質量の約17.8%が水素だ。つまり、液体アンモニア1m³には約121kgの水素原子が含まれる計算になる。

水素そのものを液体として貯蔵するよりも、アンモニアという化合物にした方が、同じ体積に多くの水素を含ませることができる。

もっとも、これはアンモニアを完全に分解した場合の水素含有量の比較であり、燃料として取り出せるエネルギー量の比較とは異なる。

そこで、燃料のエネルギー密度を比較してみよう。

燃料のエネルギー量を示す指標のひとつが「低位発熱量(LHV:Lower Heating Value)」だ。燃料を燃やしたときに発生する熱量から、燃焼によって生じる水蒸気の凝縮熱を除いたもので、エンジン用燃料のエネルギー比較によく使われる。

重量当たりの低位発熱量を比較すると、ガソリンは約43MJ/kg、アンモニアは約18.6MJ/kg、水素は約120MJ/kgとなる。つまり、燃料1kgが持つエネルギーは水素が最も大きく、アンモニアはガソリンの約43%しかない。

しかし、自動車の燃料として考える場合には、重量だけでなく体積当たりのエネルギー量も重要になる。

以下に、代表的な燃料の低位発熱量と液体状態での体積当たりエネルギー密度をまとめた。

燃料低位発熱量(MJ/kg)液体のエネルギー密度(MJ/L)
ガソリン約43約32
アンモニア約18.6約12.6
水素約120約8.5

※代表値。液体の密度は温度条件によって変わる。タンク重量や改質エネルギーは含まない。

表からわかるように、重量当たりでは水素が圧倒的に有利だが、液体の体積当たりではアンモニアの方が大きなエネルギーを蓄えられる(そして燃料としてのガソリンがいかに優れているかもわかる)。

これは、軽自動車のように燃料タンクの搭載スペースが限られる車両では重要な特徴となる。

ただし、ガソリンと比較すると、液体アンモニアの体積当たりのエネルギー量は約4割にとどまる。

単純に燃料の持つエネルギーだけで考えれば、ガソリンと同じエネルギー量を積むには約2.5倍のタンク容量が必要になる計算だ。

もちろん、実際の航続距離はエンジンの熱効率や改質エネルギー、タンク構造などにも左右されるため、この比率がそのまま航続距離の差になるわけではない。

それでも、高圧水素タンクや極低温の液体水素タンクを必要としないことは、アンモニアの大きな魅力だ。

アンモニアは燃えにくい。そこで水素を混ぜる

では、なぜアンモニアをそのまま燃やさず、水素を混ぜるのだろうか。アンモニアは、ガソリンや水素と比較すると燃焼しにくい燃料である。

まず、火炎伝播速度が遅い。空気との予混合気における層流燃焼速度は、条件によって異なるものの、アンモニアでは一般にガソリン系燃料や水素より大幅に遅い。また、着火に必要なエネルギーが大きく、可燃範囲も比較的狭い。

こうした性質は、火花点火式エンジンにとって不利に働く。

エンジンでは、点火プラグで着火した火炎が燃焼室全体へ広がり、適切なクランク角の範囲内で燃焼を終える必要がある。燃焼が遅すぎると、十分な圧力を適切なタイミングで得られず、熱効率や出力が低下する。運転条件によっては失火や燃焼変動も生じやすくなる。

そこで、水素の出番となる。

水素は火炎伝播速度が速く、可燃範囲も広い。アンモニアに水素を混ぜることで、混合気の燃焼特性を改善できる。

「水素を混ぜることによって、アンモニアだけでは不安定だった燃焼が非常に安定します」
開発担当者はそう説明する。

ただし、水素を多く混ぜればよいというものでもない。

今回のシステムでは、水素はアンモニアから生成する。そのため、水素を増やすほど改質に必要なエネルギーや改質器の処理能力が問題になる。

つまり、必要最小限の水素でアンモニアを安定燃焼させることが重要になるわけだ。

プラズマと触媒を使い分ける。水素はどうやってつくるのか

エンジン上部に水素生成システムを載せる。プラズマリアクターと触媒改質器だ。

今回の展示で最も興味深かったのが、エンジン上部に搭載された水素生成システムである。エンジン上部には、小さな四角いプラズマリアクターと、それより大きな長方形の触媒改質器が配置されている。

アンモニアから水素を生成する基本的な反応は、次のようになる。

2NH₃ → N₂ + 3H₂

アンモニアを窒素と水素に分解する反応である。

ただし、この反応は吸熱反応であり、外部からエネルギーを供給する必要がある。標準状態での反応エンタルピーは、アンモニア1mol当たり約46kJとなる。

ダイハツが採用しているのは、プラズマと触媒を組み合わせた改質方式だ。

「低温時や始動時には電気の力でアンモニアから水素をつくります。ある程度温度が上がってくると触媒側にバトンタッチして、大流量の水素をつくります」

エンジン始動時には、改質触媒が十分な温度に達していない。そこでプラズマを利用してアンモニアの分解を促進し、必要な水素を生成する。

エンジンが暖まると、触媒改質によって水素を供給する。この方式であれば、始動時の水素供給と、暖機後の連続的な水素生成を両立できる可能性がある。

もっとも、触媒改質に必要な熱をどのように供給するのか、エンジン排熱をどの程度利用するのかといった詳細は明らかにされていない。

また、プラズマ改質器と触媒改質器をどのような制御で切り替えるのか、水素生成量をエンジン負荷に応じてどこまで変化させられるのかも、今後の開発ポイントになる。

展示パネルには、改質率の向上、改質可能なアンモニア流量の拡大、冷機始動時の即時改質、システム全体のコンパクト化が技術課題として挙げられていた。

水素を生成できるだけでは不十分だ。軽自動車用エンジンとして成立させるためには、小さく、効率よく、必要な量の水素を安定供給できなければならない。

ベースはKF型658cc。量産部品を活用しながら燃焼室を変更

アンモニア/水素混焼エンジンのベースとなるのは、ダイハツのKF型658cc直列3気筒エンジンだ。まったく新しい専用エンジンを設計するのではなく、量産エンジンの部品をできるだけ活用しているという。

ただし、アンモニアの燃焼特性に対応するため、シリンダーヘッドまわりや燃焼室には変更を加えている。

アンモニアは燃焼速度が遅いため、混合気の流動や火炎伝播を適切に制御する必要がある。一般に、燃焼室内のタンブル流や乱れを強めることは、燃焼速度を高めるための有効な手段となる。燃焼室形状、吸気ポート形状、点火プラグ周辺の設計などが燃焼性能を左右する。

ただし、今回のKF型ベースエンジンで具体的にどの部分をどのように変更しているのかは公表されていない。

燃料供給系にも変更が加えられている。アンモニアは使用する材料によって腐食や材料劣化の問題を生じるため、燃料と接触する部品には適切な材料選定が必要になる。

インジェクターについても、ガソリン用とは異なる燃料特性に対応したものを使用しているという。

気になる燃料供給方式については、開発中であることを理由に詳細は明らかにされなかった。

KF型の量産ガソリンエンジンはポート噴射方式であり、量産部品を活用するという開発方針から考えると、吸気系にアンモニアと水素を供給する方式である可能性がある。ただし、現時点でポート噴射と断定できる情報は得られていない。

アンモニアを液体で供給するのか、気化させて供給するのか。生成した水素とアンモニアをどの位置で混合するのか。これらも今後明らかになる技術的なポイントだ。

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ターボチャージャーで軽自動車並みの出力を目指す

KF型のターボチャージャーはIHI製だ。

展示されたエンジンにはターボチャージャーが装着されている。

アンモニアの低位発熱量はガソリンの半分以下だが、だからといってエンジン出力が必ず半分になるわけではない。エンジン出力は、単位時間当たりに燃焼させられる燃料と空気の量、燃焼効率、熱効率などによって決まる。また、燃料の発熱量だけでなく、理論空燃比や吸気中に占める燃料の体積なども影響する。

アンモニアの理論空燃比は質量比で約6.0。ガソリンの約14.7とは大きく異なる。

このため、ガソリンエンジンと同じ燃料噴射量や空燃比で運転できるわけではない。

今回のエンジンが実際にどのような空燃比で運転されているかについては、開発段階であることを理由に明らかにされなかった。

一方、出力目標については明確だ。

「現在の軽自動車と同じぐらいの出力を目指して開発しています」

アンモニアを燃料にしたからといって、走行性能が大幅に低下してしまっては、自動車用エンジンとして成立しない。

そこで過給を利用し、必要な空気量を確保する方針だという。

ただし、過給圧や最高出力、最大トルクなどの具体的な数値は公表されていない。現行軽自動車並みの性能は、現時点で達成済みの数値ではなく開発目標である。

CO₂は出さない。しかしNOx、N₂O、未燃アンモニアが課題になる

アンモニアエンジンの魅力は、燃料に炭素を含まないことである。しかし、CO₂を直接排出しないからといって、排出ガスに問題がないわけではない。

アンモニアは窒素を含む燃料だ。燃焼時には、燃料由来の窒素や空気中の窒素が関係する反応によって、NOx(窒素酸化物)が生成される可能性がある。

また、燃焼しきれなかったアンモニアが未燃NH₃として排出されることも考えられる。さらに注意が必要なのが、N₂O(一酸化二窒素)だ。

N₂Oは温室効果の強いガスであり、これを大量に排出するようでは、CO₂を直接排出しないというアンモニアの利点が損なわれてしまう。

ダイハツもこの点を重要な開発課題と認識している。展示パネルには、NOx、N₂O、未燃NH₃を低減する後処理システムの開発が明記されていた。

開発担当者によれば、既存の排ガス浄化技術を活用しながら、アンモニアエンジンに適した仕様を検討しているという。

ただし、ガソリンエンジン用の三元触媒をそのまま使用できるという意味ではない。アンモニア混焼エンジンでは、排ガス中の酸素濃度や窒素化合物の組成、運転条件などに応じて、適切な触媒構成を検討する必要があるだろう。

さらに、冷機始動時に後処理装置を早期に活性化させることも課題として挙げられている。

燃焼室内でアンモニアを安定燃焼させる技術と、排出ガスを浄化する技術。この両方が成立して初めて、自動車用エンジンとして実用化できる。

軽自動車に搭載するのは、むしろ難しい

エンジンとアンモニアタンクの搭載イメージ

今回のエンジンを取材していて、興味深かったことがある。アンモニア/水素混焼エンジンは、必ずしも軽自動車用でなければならないわけではない。

排気量1.0Lや1.5L、あるいは2.0Lのエンジンにも、基本的な技術を応用することは考えられる。

むしろ、車載スペースという点では、軽自動車の方が難しい。

開発担当者もその点を認める。

アンモニアタンクだけでなく、プラズマリアクター、触媒改質器、燃料供給系、排ガス後処理装置などを搭載しなければならない。しかも、アンモニアの体積当たりのエネルギー密度はガソリンの約4割である。

航続距離を確保しようとすれば、燃料タンクの容量が問題になる。展示された車載イメージでは、車両後方の床下付近にアンモニアタンクを配置し、前方にエンジンを搭載する構成が描かれていた。

ただし、これはあくまで搭載構想であり、実際に車両へ組み込んで走行させたものではない。軽自動車は、限られた車体寸法の中で室内空間を最大限確保することが求められる。

その軽自動車に、通常のガソリンエンジンにはない改質システムまで搭載する。

ダイハツが挑戦しているのは、燃焼技術だけではなく、システム全体をコンパクトに成立させる技術でもある。

最大の課題はアンモニアの普及と供給インフラ

では、このエンジンが実用化されるのはいつなのだろうか。
開発担当者は、技術開発だけでなく、社会全体のアンモニア利用が進むかどうかが重要だと説明する。

アンモニアはすでに肥料や化学工業の原料として大量に生産されている。しかし、自動車用燃料として普及しているわけではない。

燃料供給インフラを整備し、安全に取り扱える仕組みを構築する必要がある。

アンモニアには毒性があり、漏洩時の安全確保は重要な課題となる。燃料タンクや配管の耐腐食性、事故時の燃料漏洩対策、燃料補給時の安全性なども検討しなければならない。

さらに、アンモニアをどのように製造するかも重要だ。現在のアンモニア製造は、天然ガスなどの化石燃料を利用する方法が主流であり、製造段階でCO₂が発生する。

アンモニアエンジンが燃焼時にCO₂を直接排出しなくても、燃料製造段階で大量のCO₂を排出していては、ライフサイクル全体での脱炭素効果は限定的になる。

そこで期待されているのが、CO₂の回収・貯留などを組み合わせたブルーアンモニアや、再生可能エネルギー由来の水素を利用するグリーンアンモニアである。

これらの低炭素アンモニアが十分な量、適切な価格で供給されるようになるかどうかが、実用化を左右する。

開発担当者は、アンモニアの普及とエンジン技術の進歩が並行して進むことが理想だと話していた。

エンジンが完成しても燃料がなければ走れない。一方、燃料供給網が整っても、それを利用する自動車がなければ普及は進まない。

技術とインフラの両方を育てていく必要があるわけだ。

内燃機関の可能性を広げる、ダイハツの挑戦

アンモニアを燃料とする内燃機関は、まだ多くの課題を抱えている。

燃焼速度の遅さ、始動時の水素生成、改質に必要なエネルギー、排ガス後処理、燃料タンクの容量、毒性への対応、そして燃料供給インフラ。

どれかひとつを解決すれば実用化できるというものではない。

しかし、今回のダイハツのエンジンには興味深い特徴がある。既存のKF型エンジンをベースにし、量産部品をできるだけ活用しながら、燃料をガソリンからアンモニアへ変更しようとしていることだ。

そして、燃焼しにくいアンモニアの弱点を、水素を車上で生成することで補おうとしている。水素をそのまま貯蔵するのではなく、貯蔵しやすいアンモニアとして搭載し、必要なときに必要な量の水素をつくる。

この発想には、内燃機関を将来も使い続けるための、ひとつの可能性が見える。
もちろん、エンジンベンチで燃焼が成立することと、実際の自動車として成立することの間には、大きな距離がある。

ダイハツが目指すのは、現在の軽自動車と同等の出力を確保しながら、CO₂を直接排出しない燃料で走るエンジンだ。それが実現するかどうかは、これからの研究開発次第である。

それでも、軽自動車用の658ccエンジンから始まったこの挑戦は、内燃機関の将来を考えるうえで注目に値する技術だと思う。