「欲しい」に応えるだけじゃない。メーカーから“夢”が飛び出した時代
大人のホビー(趣味)として、モンキーカスタムが市民権を得た1980年代以降は、今にして思えばとても贅沢な時代だった。単品パーツを選んで自分好みに仕上げるだけでなく、メーカーや専門ショップが「こんなモンキーがあったらおもしろい!」「ウチの技術をアピールしたい!」と、コンプリートマシンやコンプリートキットが続々と登場したのである。
そもそもモンキーが二輪史に与えた影響は、かなり大きい。小さくて乗るだけでも楽しいバイクなのに、そこからさらに「自分好みに変えていく」という遊びまで教えてくれた。エンジン、足周り、外装、ポジション……まさに鍵以外はすべて社外製パーツで揃えることができた。つまり手を入れるほど別の表情を見せる。その懐の深さが、4MINIカスタムの世界をどんどん広げていった。
そして熱気が高まるにつれ、カスタムはユーザーの要望に応えるだけのものではなくなっていく。パーツメーカーやショップの側からも「次はこんなのどう?」と夢のある提案が次々と飛び出した。その究極ともいえるのが、完成車として仕立てられたコンプリートマシンや、自分の愛車(モンキー)をベースに大変身させられる専用キットだった。
当時はオンロード、オフロードを問わずレース人気も絶頂期。その熱は当然モンキーにも流れ込み、性能を意識した本格派も数多く生まれた。
なかでも早い時期に登場したのが、スーパーモンキーが製作したコンプリートマシン「N.M.R.(ニューモンキーレーシング)」。世界GPマシンを思わせるFRP製外装に、正立フォーク、プロリンク式の足周り、アルミ製スイングアームなど、装備は見た目だけでは終わらない本気仕様。しかもカウルはモデルごとに型を変えていたというから、その気合いが分かる。YSR50やNSR50、GAGといった小さなレーサーレプリカが登場するのは、それから数年後のことだった。
憧れのレーサーを眺めるだけじゃない。自分でコツコツ作るだけでもない。“完成した夢”を、車両やパーツとして買うことまでできた。
そんな時代が本当にあったのだから、やっぱりモンキーってスゴい!
SUPER MONKEY N.M.R.50

その口火を切った存在として知られているのが、スーパーモンキーがモンキーをベースに製作した「N.M.R.50」。N.M.R.とは“ニューモンキーレーシング”の略だ。
世界GPマシン(現MotoGP)を思わせるFRP製の本格的なカウルに正立フォーク、プロリンク式の足周り、アルミ製スイングアームなどを装備。カウルもモデルごとに型を変えるほどの本気ぶり。YSRやNS50R、GAGといった小さなレーサーレプリカが登場するより数年前というのだから、かなり早かった。
NSRタイプのエディ・ローソン仕様、RGΓタイプのフランコ・ウンチーニ仕様、YZRタイプのケニー・ロバーツ仕様など、世界GPのワークスマシンをモンキーサイズで再現。当時価格は49万8000円で、オリジナルの10インチホイールにディスクブレーキまで備えていた。
50ccのモンキーが、憧れのグランプリレーサーになる。これぞまさに“買える夢”だったのだ。

NSRタイプ エディ・ローソン仕様

RGガンマタイプ フランコ・ウンチーニ仕様

オリジナルフレームが分かるストリップ状態。
HONDA ACCESS モンキーアフリカ

こちらはモンキーBAJAをベースに、専用キットを装着してホンダのフラッグシップオフローダー「アフリカツイン」の雰囲気を再現。
大柄なアドベンチャーモデルを小さなモンキーへギュッと凝縮した姿は、まるでチョロQのよう。それでもカラーリングや大型スクリーンなど、押さえるところはしっかり押さえている。

当時の資料によれば1990年代中期に10万8000円、デカールなしなら9万8000円で販売されていた。モンキーだからこそ成立する、かわいさと本気度の絶妙なバランスだ。
HURRICANE ビモンキー

こちらはハンドルバーで有名なハリケーン社のキットで、モンキーRをベースに名車ビモータDB1を再現した、その名も「ビモンキー」。モンキー+ビモータ=ビモンキー。名前からしてもう楽しい。
フルカウルをまとわせ、DB1らしいフォルムへと変身。当時はハンドルやマフラーも販売された。モトチャンプ誌の連載「軒下整備工場」で全塗装し、レースデビューまで果たした。
伽羅コレクション

レプリカカスタムを得意としていた伽羅コレクションが題材にしたのは、1973年型ドゥカティ・イモラ初期型。
2本出しマフラーをはじめ、モンキーサイズへ縮めながらも“らしさ”はしっかり再現。小さいからこそ、憧れの名車を自分の手元へ引き寄せられる。そんなレプリカカスタムの魅力が詰まった1台だ。
KITACO レプリカキット

モンキーといえば、キタコも外せない。
1984年、モンキー用チューニングパーツが人気を集めていた時代に「パリダカモンキー」としてキットを発売。その後はストリート向けにも往年のビッグバイクスタイルを提案し、Z2、ローソンレプリカ、CB-F、NINJA、916などへラインナップを広げていった。
ハンドルやマフラーまで用意され、のちには塗装済みキットも登場。憧れのバイクをモンキーで再現する遊びは、当時の4MINIカスタムを象徴するジャンルのひとつだった。
MORIWAKI ENGINEERING ZERO-Z50M
世界のモリワキがフレームから作り直した“本気のモンキー”

レプリカという枠を飛び越え、モンキーのエンジンを使いながら、車体そのものを新たに作り上げるメーカーも現れた。ここまで来ると「モンキーをカスタムした」というより、“モンキーという素材を使って新しいバイクを作る”という世界だ。
その代表格がモリワキのZERO-Z50M。独特なZ形状を持つフレームには、鈴鹿8耐を走る同社ワークスマシン直系の技術が投入されていた。リヤショックのマウント位置などにも、その思想が表れている。
資料によれば約50台限定、価格は48万円。小さなモンキー系マシンでありながら、トップコンストラクターが持つ技術を惜しみなく投入した、まさにお宝級の1台だ。

ストリップ状態。いかに特別に仕立てられたモンキーなのかが分かる。
DAYTONA バーチャルモンキー

見た目からしてタダモノではないのが、デイトナのバーチャルモンキー。
1998年に限定100セット、22万円で登場した独自機構のフロント周りは、制動時にもキャスターアングルが変化しない仕組みを採用。同時にロングホイールベース化も実現し、優れた安定性を狙っていた。
ハンドル切れ角は左右25度と少なめ。便利さよりも「こうすればもっと走れるはず」という作り手のアイデアを、そのまま形にしたようなマシンだった。
KITACO X4-R

速さを追い求めれば、当然エンジンチューンもエスカレートしていく。
キタコのX4-Rは、DOHCヘッドやSE-PROなどのチューニングヘッドを試す“走る実験室”として製作されたSS1/32mile用ドラッグマシン。参戦を機に高性能ヘッドなど幾つものパフォーマンスパーツが登場した。
長く伸ばされた車体に低いフォルムは、ひと目でドラッグマシンと分かるほどアグレッシブ。その姿はプラモデルになるほど人気を集めたという。
小さいモンキーにデカい夢を乗せた
こうして並べてみると、当時のモンキーカスタムがどれだけ自由だったのかがよく分かる。世界GPレーサーになる。アフリカツインになる。ビモータやドゥカティにもなる。そして最後には、メーカー独自のフレームをまとった別物のようなマシンまで生まれた。しかも、それらの多くは単なるショーモデルではなく、実際にコンプリートマシンやキットとしてユーザーの手に届く形で提案されていた。
「こんなモンキーがあったらおもしろい」
そんな作り手のアイデアに、ユーザーも夢を重ねる。パーツメーカーと乗り手が一緒になって遊びを膨らませていったからこそ、4MINIカスタムはひとつの文化にまで育っていったのだろう。モンキーの車体は小さい。でも、そこに乗せられる夢はデカかった。
時代が変わっても、モンキーは夢を与えてくれる

キャブレターモンキーの黄金期を過ぎても、「モンキーでこんなものを作ってみたい」という情熱がなくなったわけではない。
その象徴ともいえるのが、GクラフトとキタコによるVツインモンキーだろう。
Gクラフト山口社長の「オリジナルエンジンを作りたい!」という発想から、2015年にV型2気筒エンジンの製作がスタート。キタコとタッグを組み、2017年には完成したマシンが東京モーターサイクルショーで披露され、大きな注目を集めた。
専用の車体にVツインエンジン。その姿はかつてのモンキーとはまるで違う。それでも根っこにあるのは、「小さなモンキーを題材に、自分たちの理想を形にしたい」という同じ情熱なのだと思う。
時代が変わっても、モンキーは作り手の夢や情熱を乗せられるマシンなのである。
※この記事は月刊モトチャンプ2024年3月号を基に加筆修正を行っています
【モトチャンプ編集部】