原付レーサーレプリカとしては元祖と呼べる存在!
スーパーモンキーが本格的にミニバイクレースに取り組んだのは、チューニングショップとしてオープンすることとなる1976年のこと。以前は四輪系のショップだったそうだが、モンキー用マフラーを製作したところ反響が大きく市販化が求められた。これがニ輪チューニングショップとしてスタートすることになるきっかけ。1977年には「関西ミニバイク連盟」という団体を結成して「関西MINIレース選手権」をシリーズ戦として開催することになる。関西だけでなく広い地方からのエントリーがあり約100台もの参加となった。圧巻なのは観客数で、実に約4000人もの人が駆けつける盛況ぶりだった。

スーパーモンキーのワークスマシンであるダックスは圧倒的な速さを示したが、ミニバイクレースが盛んになるにつれモンキーへの対応にも迫られる。市販パーツの売れ行きがモンキーブームとともに盛り上がり、その結果生まれたのがモンキーのフレームにそのまま装着できるフルカウルスタイルのN.M.R.50だった。1984年に50台前後が市販されたようで、完成車だけでなくパーツ単体でも購入できた。そんな貴重なN.M.R.50がこれだ。

専用設計だらけのコスト度外視マシン!
N.M.R.50のオーナーは広島県から参加した63歳のラグちゃん。2026年のモンキーミーティングin多摩にはスーパーモンキーのブースが出店するため現車を持ち込んだのだ。このN.M.R.50はラグちゃんにとって憧れの存在。まだ若かった当時は手が届かなかったが、普通にモンキーのカスタムを楽しんでいる時も、N.M.R.50が頭から離れることはなかった。ところが20年ほど前、インターネットオークションに完成車として出品されているのを発見したのだ。

その時は今ほどスーパーモンキーをはじめとする70〜80年代のパーツ類の人気が出る前なので、あっけなく落札できたそうだ。N.M.R.50はモンキーから外装部品を取り外して専用のサブフレームや足まわりに変更しつつ、フルカウルを装着する。つまり中身はモンキーのままなのでナンバーを取得して公道を走らせることが可能だ。だがラグちゃんはナンバーを取得せず、室内で大切に保管している。

贅沢な設計の足周り!
中身がモンキーとはいえ、残されているのはフレームとエンジンくらいなもの。それ以外は専用設計された部品で構成されている。特に前後の足周りは贅沢なものでフロントはテレスコピック式フォーク、リヤは専用スイングアームにリンク式モノショックサスペンションを装備する。ホイールはスーパーモンキーから単体でも市販された9穴タイプの10インチ。つまり、そのままミニバイクレースで勝てるほどの性能が与えられていた。


エンジンは自由にチューニングを楽しめた?!
贅沢な車体に対してエンジンもスーパーモンキーでチューニングしたエンジンが搭載されていた。排気量を88ccまでボアアップしつつ吸排気系に手を加えたものがスタンダードな仕様だったようだ。オーナーのラグちゃんは何度かコースに持ち込みN.M.R.50を走らせている。排気量が88ccにアップされPC20キャブレターと専用マフラーでセッティングしてあることから、刺激的な走りを楽しめたそうだ。

撮影したのはこのEVENT!

【モトチャンプ】
「500台超のモンキーが東京サマーランドに集結!」第18回モンキーミーティングin多摩は“濃すぎるファン”だらけ! | Motor Fan|自動車情報のモーターファン