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溝呂木 陽の水彩カースケッチ帳/連載・第25回 パリ雑想~1998年の絵日記から~

クルマ大好きイラストレーター・溝呂木 陽(みぞろぎ あきら)さんによる、素敵な水彩画をまじえた連載カー・コラム。今回は溝呂木さんの“アナザースカイ”であるフランス、パリで例年開催されている、世界の名車の巨大な祭典『レトロモビル』のお話を中心に、パリで活躍されていた今は亡き自動車画家・吉田秀樹氏の思い出をまじえ、絵日記テイストでお届けします。

昔、描いた絵日記から、今回はパリで活躍された自動車画家、故・吉田秀樹さん(2019年逝去)との思い出を交えて書いてみたいと思います。時は1998年、こちらもクラブ・ルノーキャトル・ジャポンのメンバーと3人で3週間、パリを訪ねた時のことです。この時も友人行きつけのホテルの3人部屋。なんと3週間で300フラン+TAXという貧乏旅行でした。

この年の『レトロモビル』の特集展示テーマは“2CVの50周年”でした。

パリに着いた翌朝から、ちょうど開催中だったヒストリックカーの祭典、『レトロモビル』へ。この年の特集展示テーマは“シトロエン2CVの50周年”。なんとシトロエンの2CVのシングル・ヘッドライト仕様のプロトタイプ車が煉瓦の壁の奥から見つかったという大ニュースがあり、その試作車が会場の華でした。状態はすこぶる良く、戦前に作られたとは思えないコンディション。

さらに珍しいイギリス製のシトロエン・ビジューも展示されていました。2CVを受け入れられないイギリス人のために英国シトロエンがFRP製のボディを架装、デザインはロータス エリートをデザインしたピーター・カーワンだったそうですが、人気は出なかったそうです。

他にもシャンパンの宣伝用のスペシャルな2CVパブリシテール(デザイナーはルノー8や16をデザインしたフィリップ・シャルボノー)や泥んこサーキットを走る2CVクロス、AZUの2CVバンなどもスケッチしました。

もちろん大好きなレーサーたちもたくさん展示。アルピーヌM63やアルファロメオ33/2、ポルシェ908/03、ロータス イレブンなど。

会場内はすごい人でしたが、人をかき分けてスケッチブックを広げます。メタリックブルーに白いルーフが美しいアルピーヌのM63プロトタイプ、赤いアルファロメオ ティーポ33/2デイトナはアルファロメオ クラブから。ポルシェ908/03も大好きな車です。ブルーのロータス イレブンは艶消しで、その歴史を思わせるコンディションでした。

さらに車をスケッチ。GTO64とパナールの試作車です。

そしてさらにこの時は、前回もお話しした、この当時、世界最大のアンティーク・フェラーリ・コレクションとして知られていたピエール・パルディノン氏のマデュクロ・コレクションから、珠玉のフェラーリ250GTO64が来ていました。その下に描いたのは珍しいパナールのプロトタイプです。

この日に買ったミニカーはプラスティック製の古いノレブ社製のミニカー。ルノー キャトル フルゴネットとフィアット 500 ジャルディニエラ、そして小さなミクロノレブ・ブランドのキャトルです。皆、60年代ごろのミニカーですね。

翌日も『レトロモビル』へ。GPメルセデスはミュールーズの国立自動車博物館から。プジョー203はツール・ド・フランスのサポートカー。さらに黄色い可愛いシアタやプジョーベースのレースカーも。

翌日の土曜日も朝から『レトロモビル』会場へ。この日にスケッチしたのは、ミュールーズの、元はシュルンプ・コレクションだった国立自動車博物館から、メルセデスのGPレーサーW154。そして白いプジョー203ベースのツール・ド・フランスサポートカー。自転車を積んでいましたがプジョー製の自転車かな? 黄色いのは可愛いシアタ。青と赤はプジョーベースのレーシングカーのようでした(編注1)

さらに大好きな300SLRのウーレンハウトクーペやジャガー Eタイプ ロードラッグ クーペ、フィアット 8V ザガートも美しい車です。ランドローバー シリーズ1もシンプルで美しい車ですね。たくさんの車たちにクラクラしながらスケッチを楽しみました。
ヴァンヴの蚤の市で見つけたおもちゃたち。

翌、日曜日は、いつも行く大好きなヴァンヴの蚤の市へ。地下鉄で向かったパリ南部の蚤の市は屋外に露店が並び、可愛いものが多いのです。ここでは安い洋服屋のTATIの図柄がかわいいピンクのチェック柄の使用済みテレカルトや鉄道模型用のお家、さらに前回も書かせていただいた小さめのジョエフのスロットカー――R8 ゴルディーニとミニの2台――を一つ100フランでゲット。デフォルメが絶妙で前輪がステアするかわいいスロットカーで、このあと長く走らせることになりました。

大好きだったパンタンの自動車博物館。

そして続くこちらはパリの北東、ラヴィレットの公園の近くのパンタンにあった国際自動車博物館。フェラーリの500モンディアルやポルシェ904の元になった356Bカレラ2000GS/GT。マトラ650、フェラーリ275GTSなど珠玉の展示。ここは車を借りて展示していたそうで、行くたびに貴重なヴォワザンやブガッティ、ランボルギーニ マルツァルなど、凄い車たちを見ることができました。この後、2003年に訪問した時は閉鎖されてエルメスのアトリエになっており、とてもがっかりした記憶があります。

ラ・デファンスの自動車博物館へ。フランス車がいっぱい。こちらも残念ながら閉館。

さらに別の日はこんな自動車博物館へ。未来的な新凱旋門が魅力的なラ・デファンスでは、馬車のような車たちやブガッティ、シトロエン パナールがたくさん。どちらかと言うと歴史的な自動車の展示といった趣で、教育的な内容に感じました。エールフランスの象のポスターはサヴィニャックでしょうか?(編注2)

ポスター屋さんや雑貨屋さんで買い物をしたあと、夕方からパリ在住の自動車画家、吉田秀樹さんのアトリエへ。

こうして自動車イベントをたくさん見てきたあと、『レトロモビル』の会場でも展示があった、フェラーリを描くパリ在住の自動車画家、吉田秀樹さんのアトリエへと向かいました。

吉田さんの描かれる作品はどれも車の一番魅力的な部分を切り取り、独特の透明感あふれるアクリルのタッチで写り込みを丹念に描写され、気品にあふれた素晴らしいものです。ヨーロッパでもそのタッチは評判を呼び、あまたのフェラーリ・オーナーに招かれて作品を制作、多くのアーティストに模倣されたそうです。

『レトロモビル』でも毎年個人でブースを出店、多くの作品を展示しておられました。ボクたちは厚かましくも、いつも荷物を置かせてもらったりスケッチを見てもらったりとお世話になったものでした。作品を作る時は魅力的な角度を探すためにたくさんの写真を撮り、舐め回すようにボディに触れてから作品を描き始めるのだと仰っていました。

夜の7時半にパリの南の町にあるお宅に伺うと、ご婦人の絵本画家のアネットさんが笑顔で迎えてくれました。デザイナーを目指しているという小さな息子さんや、現地法人に勤められているデザイナーご夫婦の先客さんがいらしており、吉田画伯を中心にマルティニのアペリティフを飲んだあと近所の中華屋さんへ。

戻ったアトリエには吉田画伯が作ったスロットカーやコレクションされている大きなプラ製の車のおもちゃ、たくさんの吉田さんの作品や描きかけの絵もあり、12時過ぎまで盛り上がってしまいました。小さな机の上に置かれた美しいアクリルの描きかけのアルピーヌが魅力的でした。吉田さんの作品のポスターにサインをいただき、くだんのデザイナーご夫婦の古いシムカで深夜のパリを送ってもらった時に見た夜の街並みは、本当に素敵な光景でした。

ラリー・ド・パリ。モンレリーサーキットなどを回るラリーのスタートです。

そして別の日には吉田さんに教えていただいた、パリをスタートしてモンレリーのコースなどを回るサーキットラリーへと出発する車たちを見送るために、まだ暗い朝のエッフェル塔の下の広場へ。そこでは美しいジュリエッタ スプリントやレトロの会場で見た屋根の白いアルピーヌM63がいて、吉田画伯は名古屋からいらした『ガレリア・アミカ』主宰の岡田邦雄さんと一緒に吉田さんのエスハチ(ホンダS800)にホンダ創業祝50周年のステッカーを貼って登場。なんとこの時、吉田画伯はまだ48歳。今のボクよりも若かったんですね。吉田さんのエスハチの下に描いた白いエスパーダは、いつも吉田画伯と『レトロモビル』のブースでご一緒されていたランボのガラージュのマダムでした。

吉田画伯を見送ったラリー・ド・パリ。素敵な車がたくさんいて、そのエンジン音や匂いに圧倒されました。

ラリー・ド・パリのスタートには黄色いフェラーリ275GTB/4や赤いランチア ストラトスなどのほか、308GTB グループ4などがいました。何よりそのエンジン音とオイルの匂い、会場の雰囲気が素晴らしく、レトロの静かな会場とは違ったラリーイベントの迫力を感じることができました。

まだ薄暗いスタートを見送った後は、飽きずにヴァンヴの蚤の市へ。またジョエフのスロットカーからフェラーリとロータスのF1をゲット。小さくてフロントがステアするスロットカーはよく走り宝物になりました。一つ100フランでしたが、二つで120フランにまけてもらいました。

また翌日にも蚤の市へ出かけておもちゃをゲット。我ながら呆れます…。

そして翌日の日曜日もまたまたヴァンヴの蚤の市へ。我ながら呆れます。今度もジョエフのスロットカーをみつけ、とても素敵な904カレラと250GTOをゲット。それぞれ100フランと120フランでした。ディンキー社の水色のカントリーマンは130フランでゲットしました。

大きなバスはブリキの手作り品。3週間のパリ滞在で、数えきれないほどのおもちゃと雑貨を手荷物で持って帰ってきました。

この写真は、吉田画伯にいただいたサイン入りのポスターとブリキの大きなルノー バス。このバスは実物がレアールで観光用に走っていて驚きました。現地でたくさんのアンティーク・スロットカーをゲットしたのは良い思い出です。小さな人形やキャトルのカタログなどを抱えて飛行機に乗ったとき、手荷物検査のお兄さんは開けたバッグの中を見て「良い旅をしてきたね」と言ってくれました。クルマ趣味三昧のパリ旅行、こんな旅をまたしてみたいものです。

(編注1)

筆者が描いた「青と赤のプジョーベースのレーシングカー」のうち「青」は自身もレーシングドライバーだったフランスのレーシングチューナー、ポール・バルビエの手になるレーシングカー、バルビエ203バルケッタ。「赤」は1954年に作られたプジョー203カレ・スパイダー。イタリア、トリノのコーチビルダー、ファリーナのスタイリング部長やギア・デザインのデザイン責任者をつとめたピエトロ・フルアによる試作車。

(編注2)

この自動車博物館――ラ・デファンス自動車博物館――は残念ながら2000年12月24日に閉館しました。110台もの車両が集められたそうですが、閉館時には借用車全車がコレクターや博物館など借用元に返却され、博物館所有の車両は売却されたとのこと。また、筆者が見たポスターは、どうやらサヴィニャックではなく、煙草のジタンのポスターなどで知られる画家、ギー・ジョルジュ(1911-1992)の手による1958年のエールフランスのポスターのようです。

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著者プロフィール

溝呂木 陽 近影

溝呂木 陽

溝呂木 陽 (みぞろぎ あきら)
1967年生まれ。武蔵野美術大学卒。
中学生時代から毎月雑誌投稿、高校生の…